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佳作「ドリームスペース 矢幡光流」

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作文・エッセイ
結果発表
TO-BE小説工房
第13回 阿刀田高のTO-BE小説工房 佳作「ドリームスペース 矢幡光流」

俺は営業で新規顧客を獲得するためにビル街のオフィスをさんざん訪問したが、ほとんどが門前払いの状況だった。

不景気の所為もあるが、燃費の悪い外車を社用車として購入しようなんて会社はなかなかない。

それでもノルマを達成するためには精一杯活動して見込み客を増やすしかない。

今日もさんざん足を棒にしながら市内のビル街をさまよい、昼過ぎに、ある商業ビルに飛び込んでみた。

……最上階から攻めてみるか

俺はエレベーターでビルの十五階に昇り、突き当りの会社のドアの前に立った。

「ドリームスペース」という小さなプレートが貼ってあった。

ドアをそっと開けてみると、狭いスペースの受付は無人で「ご用の方はチャイムを押してください」という表示があった。

チャイムを押すと、奥のドアから白髪まじりの温和そうなスーツ姿の男性が現れた。

「ご利用されますか?」

いきなりそう言われたので、慌てて「いえ、私は車のセールスでして、良かったらパンフでも置かせていただこうと思って参りました」

すると男性は笑顔でこう言った。

「それはさぞかし大変なお仕事でしょうね。良かったらうちで少し休んでいきませんか」

本当に疲れていた。しかしこの会社、何をやっているのだろう。少し訝しそうな顔をした俺の顔を見て、男性は名刺を差し出した。

「ドリームスペース 支配人 星野光一」

名刺の裏には「良い夢をあなたにお届けします」と印字されてあった。

「あのう、ここは何の会社ですか?恥ずかしながら、実は何も調べず飛び込みで訪問させていただいたものでして……」

男性は「そうでしたか。ここは一時間三千円で昼寝ができる会員制のレンタルルームなんです。特殊な装置を使っていますので熟睡でき、しかも必ず『良かった』と思ってもらえるのです」

「『良かった』って、それは良い夢が見られるってことですか?」

「まあ、たしかに夢はお見せしますが、トータルで満足いただけると思います」

営業に来た俺が逆に営業されてどうするんだ、と内心苦笑しながらも、一時間ぐらい休憩するのも悪くないと思い、その場で会員になってしまった。

受付左側のドアの向こうはカプセルホテルのような個室が並んでいて、その一室を案内させた。

俺は上着を脱ぎ、ネクタイを外してベッドに横たわった。全身が沈み込むような、寝心地の良いベッドだった。ミントの爽やかな香りもする。これは本当に熟睡できそうだ……と思った瞬間

「警察だ!」という怒声で飛び起きた。

「不法薬物使用で逮捕する!」

俺はあっけにとられて呆然としているうちに、手錠をかけられパトカーに押し込められてしまった。

……警察署まで行って事情を話せばわかってもらえるだろう。俺は何も知らずにあの会社に飛び込んだだけなのだ。

ところが、警察署に着くやいなや、檻のような独房に押し込められてしまった。

もう数時間経過したと思うが、誰もやって来ない。床はコンクリートで毛布一枚無い。

「おおい」と叫んでみたが誰も来やしない。

俺は騙されて不法薬物に手を出してしまったのだろうか。いくら身の潔白を主張しても、無罪にはならないかもしれない。

妻も、小学五年生の娘も嘆くだろう。当然会社はクビだ。家族は路頭に迷うことになる。いや、間違いなく離婚だ。家族は離散し、俺は場合によってはホームレスだ俺は……。パニックに陥って、大声を出した。と、その瞬間、ベッドの上で目を覚ました。

目の前には、さきほどの白髪まじりの男性がいた。「お時間です。熟睡されていましたよ」……ああ、あれは夢だったんだ。夢で良かった!

「いかがでしたか良かったでしょう」

俺は本当に夢で良かった、と思った。

男性はこう説明した。

「あのミントの香りは不思議な成分があって、必ずリアルな悪夢が見られるのです。もちろん夢の内容は人さまざまです。しかしリアルゆえに、夢から目覚めたときの爽快感は格別で、やみつきになるのです。このお店のリピート率は実に九十パーセント以上です」

「あのう、あのミントって、合法なんでしょうね」と、俺が言ったとき、どやどやと三人の警察官が入ってきた。

「不法薬物使用で逮捕する!」