佳作「色眼鏡 あんどー春」
「ごめんね。本当にごめんね」
何度謝っても足りなかった。自分の孫を疑うなんて最低の行為だ。
「もういいって」
貴史が苦笑しながらなだめてくれる。それでも気持ちが収まらず、謝罪の言葉を繰り返した。
「本当に悪いことしたね。ほら、今いろんな事件があるだろ? だからつい……」
「わかるわかる。仕方ないよ」
「年寄りだましてお金まきあげて」
「たしかに多いよね」
「ご近所さんたちともよくいい合ってるんだよ。お互い気をつけようねって」
「だからわかるって」
「まさか貴史が連絡くれるなんて思ってなかったから」
そうなのだ。最後に会ったのも四、五年前のはずだから、とつぜん電話がくるなんて信じられなかった。そのせいで、つい詐欺ではないかと勘ぐってしまったのだ。
「傷ついたろ? ごめんよ」
「大丈夫だよ」
「何度もしつこく問い詰めたりして」
「平気だって」
「貴史だってわかってたら、あんなに冷たい態度とらなかったのに」
「むしろ安心したよ。おばあちゃんがしっかりしてるから」
本当に優しい孫だ。昔からそうだった。毎年欠かさず敬老の日に直筆の手紙を送ってくれたし、盆や正月に遊びにきた際には、積極的に肩もみをして労ってくれた。
「でも、いろいろ覚えていてくれて嬉しかったよ」
貴史本人かどうかの確認のため、思いつくかぎりいろいろな質問をぶつけた。両親の名前、兄弟の有無はもとより、貴史の伯父にあたる息子の職業、畑で育てている野菜の種類、庭の草むしりを手伝ってくれたとき、他の孫たちに内緒で一緒に食べたアイスの味等、当人しか知りえない情報を訊きだそうとしたのだ。それらすべてに対し、貴史は滞りなく答えた。それどころか、付随した思い出話まで披露してくれた。そこでようやく、本人であることを確信したのだ。
「おばあちゃんこそよく覚えてるよね」
「忘れるわけないだろ。貴史はいちばん大事な孫なんだから」
「俺だって同じだよ。おばあちゃん大好きだもん」
涙が出そうになった。立派な社会人になった今でも、小さかったあの頃と変わらない言葉をかけてくれる。
「貴史は本当にいい子に育ってくれたね」
「やめてよ」照れる貴史もかわいくて仕方がない。
「お仕事はどう? 大変?」
「ちゃんと食べてるのかい?」
「まぁね」
「食べてるよ。コンビニ弁当ばっかりだけど」
「だめだよ、ちゃんと栄養とらないと」
「ひとりだと面倒臭くてさ」
「何か送ろうか?」
「いいよ。悪いよ」
「遠慮なんかすることないよ」
「俺ももう三十だし」
「何言ってんだよ。おばあちゃんだから甘えればいいの」
「ありがとう」貴史がひとつ鼻をすすった。心に響いてくれたらしい。「じゃあ、お願いしようかな」
「もちろんだよ」
嬉しくなった。この歳になってから人から頼りにされるというのは張り合いが出る。まして相手は最愛の孫だ。「貴史はきゅうりが好きだったよね? ナスは食べられるかい? 今年はぬか漬けがおいしくできてね」
意気揚々としゃべりながら、いてもたってもいられずいそいそと台所に向かおうとしていると、貴史が「野菜もいいんだけどさ」と言葉を遮ってきた。「実は、会社のお金使い込んじゃったんだけど……」