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佳作「万能眼鏡 藤岡靖朝」

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作文・エッセイ
結果発表
TO-BE小説工房
第17回 阿刀田高のTO-BE小説工房 佳作「万能眼鏡 藤岡靖朝」

大都会のどこかには、思いもかけない所に迷宮への入り口が開いていることがある。

その日の夜、私は、心地よいを少々過ぎた程度に酔った状態でG座の街を歩いていた。

誰もが知っている商業地でありながら、一帯のそこかしこには、通りとも呼べない狭い路地がいくつも隠れていて、それは裏通りへ抜ける近道になっていたり、飲食店の通用口や途中に小さな祠が祀られていたりと、華やかな表向きの顔とは異なる町なかの当たり前な普段暮らしの光景を見せてくれる存在だ。

あれ、こんな所にも道があったかな、と首を傾げながら、ひとつの路地をのぞき込むと、そこには初老の男がぽつりと立っていた。

「どうも、こんばんは」

私は思わず挨拶をしてしまった。すると相手はチラリとこちらを見て、一瞬で私の頭の上から足元まで値踏みし終えると、その結果の分析に納得したかのようにこういった。

「おや、これはご機嫌のようですな」

「貴殿にはワシの姿が見えるみたいじゃな。ワシは世間から隠遁しておるから、ふつうの人間には見えないはずなのじゃが、フム、まあよろしい。それでは貴殿にこれを進ぜよう。もちろん、代金なんぞはいらんぞ」

男は、服のポケットから無造作に眼鏡を取り出し、私の前へ差し出した。

私は、反射的に、何の変哲もない黒縁の丸眼鏡を受け取ったものの、

「いや、こんな眼鏡をもらっても、私に合うかどうかもわからないし、ましてやタダでもらうなんて、そんなわけにはいかない」

と言って返そうとしたが、男は私の動きをさえぎって、

「これは万能眼鏡といって、これをかけて念じれば、見たいと望むものが目の前に見えてくるという不思議な力を持っておる」

「今夜、ここで出会ったのも何かの縁、貴殿はこの万能眼鏡を手に入れる運命にあったということじゃな、では、これで……」

そう言い残すと、男は路地の奥へ入った次の瞬間、そのまま忽然と姿を消してしまった。

翌日、私は職場で昨夜の眼鏡をかけてみた。早くも老眼か、などと冷やかされたが、私のために誂えたみたいで特に違和感はなかった。

社内で一番の美人と評判のA子が通りかかったので、ヌード姿を見てみたいと思ったら何と、歩いてくる彼女は全裸になった。白い肌、豊かな胸、うねる曲線、一糸もまとわぬ肉感あふれる肢体が手にとるように見えた。これはまるで、昔の男性雑誌に出ていたインチキ広告の『洋服が透けて見えるメガネ』がそのまま現実になったみたいではないか! 私は上気してくる自分に気づいて慌てて眼鏡を外した。この楽しみは私だけの秘かなものとしてとっておかなくては。

この眼鏡をかけながら競馬新聞を眺めていて、週末のG1はどうなるかな、と思うと、たちまち、一着、二着、三着の馬の名前が見えてきた。オッズを見ると、五百倍を超える大穴になっている。試しに一万円で馬券を買ったが、見事なまでに的中して大儲けだ。

宝くじはどうか。ロトくじは締切り前に当選番号が見えてくる。二百円で一億円の賞金が手に入った。ジャンボ宝くじも一等の番号を見ることが出来た。しかし、残念なことに、その当たりくじがどこの売り場で売られているのかがわからない。仮に売り場が見えても十枚ずつ入った袋が沢山積まれていては探しようがなく、あきらめざるをえなかった。

私はさっさと会社を辞めた。毎日、しんどい思いをしてあくせく働くなんて馬鹿らしいことだ。万能眼鏡があれば、カネはいくらでも稼ぐことが出来るのだから。

派手な大豪邸を建て、高級車を乗りまわし、優雅な海外旅行を楽しみ、世界中の美味珍味を食し、湯水のようにカネを使いバラまき遊んで過ごした。私は心から、万能眼鏡が自分の手に入った幸運を喜んだ。

ある日、私はふと、この眼鏡を使って自分自身の将来は見えないだろうかと考えた。カネのあり余る暮らしに飽きて、単なる好奇心から、現在の金満生活をずっと続けたその先を知りたくなったのだ。

早速、万能眼鏡をかけて、自分の未来の姿を見たいと願った。

目の前に現れたのは!! 何ということだ! 私は愕然とした。恐怖で全身が凍りついた。それは……。恐ろしくてとても言葉にできない。

私はそれ以後、万能眼鏡を使うのをやめた。みるみるうち贅沢三昧の生活は衰退し、車も家も財産も失い、あっという間に一文無しの極貧状態となり、ついに私は大都会の迷宮に隠れ住むひとりの遁者となった。

ポケットを探ると、まだ、あの万能眼鏡があった。捨てるわけにはいかない。そうだ、誰でもいいから何とか理由をつけて強引に渡してしまおう。たとえそのあと私自身が消えてしまったとしても…… おや、誰かが向こうからやって来るぞ、ご機嫌な足取りで。