佳作「ハッピーさんに会いに 香久山ゆみ」
ついてない。何もかも思い通りにいかない。
楽しいことなんて、何もない。と、悶々と日々を過ごしていたところ、ハッピーさんの噂を聞いた。すこぶる幸せな人物で、見る者に元気を与えるという。それはぜひ会ってみたいものだ。と、ぼんやり歩いていたところ、路傍にカンバンを見つけた。
『ハッピーさん
コチラ?』
お。ハッピーさんの講演会か、舞台か何かだろうか。
ぜひ幸せの秘訣をご教授願いたいものだと思い、いそいそ案内板の指す方へ足を向けた。
さすが時の人。ハッピーさん人気は絶大のようで、同じ方向へぞろぞろ人の流れができている。
しばらく行くと、次の案内板が現れた。
『ハッピーさんは前進する
コチラ?』
講演テーマか、舞台のタイトルか。とても前向きじゃないか。その頼もしさに、足どりも軽くなる。
が、案内板通り進むも、なかなか目的地には着かないし、次の案内板もない。しまった、これは道に迷ったか。不安になる。しかし、同じ方向に進む人は大勢いる。大丈夫だと思うが、念のため、人に訊ねてみることにした。
「あの、すみません。ハッピーさんはこっちの方向で合っていますか」
紳士然とした男性は、にっこり笑って、前方を指差した。
『ハッピーさんはものおじしない
コチラ?』
なるほど。紳士に礼を述べ、僕もにっこり微笑み返した。
案内板にしたがって、進む。
歩く、歩く。ずいぶん歩くが、何もない。今度は一本道だし、道を間違えたということはあるまい。まあ日頃の運動不足の解消だと思い、汗をかきかき歩き続ける。が、さすがに十五分経ち、三十分経ち、となると、諦めて引き返していく人も多い。同行の士はけっこう減ってしまったようだ。僕はとういうと、なかば意地のようになって、さらに進む。ここまで来て諦めるなんて悔しいじゃないか。せめてハッピーさんの顔だけでも拝んでやろうという気持ち。
ずいぶん人が減って、こんなんで講演会は赤字にならないかしらと心配になった頃、ようやく次の案内板が現れた。
『ハッピーさんはあきらめない
コチラ?』
このカンバンを見て、まだ歩くのかと悲鳴を上げて脱落する者もいたが、僕はむしろ案内板の登場に安堵した思いで先を進んだ。
『ハッピーさんは争わない
コチラ?』
『ハッピーさんは後悔しない
コチラ?』
『ハッピーさんは感謝する
コチラ?』
その後も、いくつもの案内板があり、それにしたがって進んだ。なんだかゲームをしているみたいな感覚になってきた。退屈な毎日の中、ちょうどいい暇つぶしって感じ。
さらに進むと、ようやく広場に出た。奥には大きな舞台がある。野外公演というのもオツなものだ。周りを見回すと、おや、僕以外に誰もいない。はてなく歩くうちに皆諦めてしまったのだろうか。と、
パンパカパーン。
大きなファンファーレが鳴った。よかった。たった一人の観客のためにも公演は開かれるようだ。安心して腰を下ろそうとしたところ、突然タキシードの男に肩を組まれて、無理矢理舞台の上に引きずり出された。タキシードは朗らかな声を上げる。
「おめでとうございます! あなたがハッピーさんです!」
舞台袖から現れたバニーガールが、僕の首にぐいぐいメダルを掛けようとする。
は? なんだ? わけが分からない。体を仰け反らせ逃れようとする僕の肩を、タキシードががっしり固める。
「ほらほら、第一回ハッピーさんコンテスト、ここまでたどり着いたのはあなただけなんですから。あなたが優勝なんですよ、ハッピーさん!」
タキシードが満面の笑みを向ける。
予期せぬ混乱の中、なんだか納得いかずにいると、ぽとりと、空から白い鳩の祝福が。……なるほど、良いも悪いも紙一重。ウンもついたことだし、なるようになるか。と思って、ようやくバニーガールからメダルを受け取ったところ、頭上の横断幕が目に入った。
『ハッピーさんはすべてを受け入れる
こちら?』