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佳作「ママ友 出﨑哲弥」

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作文・エッセイ
結果発表
TO-BE小説工房
第21回 阿刀田高のTO-BE小説工房 佳作「ママ友 出﨑哲弥」

「ねえ聞いてよ。お隣の千恵美さん、今日突然私を避けるようになったの」

帰宅した夫に、妻が隣家のママ友について訴えた。

「なんだよ、気のせいじゃないのか? 誰だって虫の居所の悪い時ってあるだろ」

「ちがうわ。間違いなくよ。朝保育園へ礼華を送りに出た時、ちょうどお隣も美佐紀ちゃんを送るところだったの。目が確実に合ったのに無視するのよ。その上忘れ物したみたいなふりで、美佐紀ちゃん連れて家の中に戻っちゃうんだから」

「そりゃ露骨だな」

「でしょ。おまけに保育園から礼華が泣いて帰ってきたの。美佐紀ちゃんにもう遊ばないって言われたらしいの。ママが礼華ちゃんとは遊んじゃダメって言うからって」

「直接お隣に聞いてみたらどうなんだ?」

「お隣訪ねたわよ。でもインターホンでどれだけ呼びかけても返事がないの。間違いなく家にいるのに居留守まで使うのよ。ひどいわ。もうどうしたらいいの!」

妻は声をあげて泣き出した。

「落ち着けよ。何か心当たりないのか?」

妻の肩に手を置いて慰めながら夫は訊いた。

「なんにもないわよ。だいたい昨日保育園へお迎えに行った帰りは、千恵美さん母娘と仲良くスーパーへ買い物に寄ったくらいなんだから」

「どういうことなんだろな」

「あなたと千恵美さんに何かあったんじゃないの?」

妻は夫に疑いの目を向けた。

「無茶苦茶なこと言うなよ。ありえないってば」

夫は慌てて否定した。

一ヶ月前、茨城の水戸から隣県千葉の銚子へ、一家は引っ越してきた。隣家も夫婦に娘一人と家族構成が同じだった。しかも娘同士は同い年である。その偶然もあって関係は良好だった。隣家の庭でホームパーティーを開いたこともある。態度の豹変に夫婦は戸惑うばかりだった。

「もう一度よく振り返ってみよう。昨日から今日にかけての行動を」

夫は妻に呼びかけた。

「昨日から今日にかけてといったって、スーパーから帰って、あとはそれぞれの家に入っ会ってないし……」

「スーパーの帰りはどうだった?」

「どうかしら。礼華と美佐紀ちゃんはキャッキャとじゃれあってたけど、そういえば千恵美さんはちょっとよそよそしかったかも……。うん、確かに口数が少なかったわ」

「じゃあスーパーか。いつも一緒に買い物してるんだろ?」

「ううん、一緒にスーパーに寄ったのは昨日が初めて。スーパーは保育園の帰り道にないし、いつもは二人とも日中のうちにそれぞれ買い物は済ませてるわ。昨日は千恵美さんが何か買い忘れたものがあるとかで、私もお付き合いすることにしたのよ」

「なるほど……。そう聞くとスーパーに何かカギがありそうだな」

「そう? 一緒にプラプラ買い物してただけなんだけどな」

「スーパーでいったい何を買ったんだ?」

「そんなこと関係あるの?」

「うーん、関係あるかないか分からないけどさ」

「ええと何買ったかしら。あ、レシート見ればいいのね、レシートレシート」

妻は財布を開いた。

「あったわ。たいしたもの買ってないわよ。そもそもお付き合いで寄ったくらいだし。礼華が欲しがったからプリンでしょ。あなたのおつまみに韓国海苔でしょ。それとあとは詰替用のシャンプーと納豆、それだけよ。

「ほんとたいしたもの買ってないんだな」

夫は拍子抜けした表情になった。

「ね。どう考えても関係ないわ」

「待てよ。納豆、納豆買ったんだよな?」

「ええ、あなた毎朝食べるじゃない。礼華も納豆オムレツお弁当に入れてほしがるし。買い置きしておこうと思って」

「それだ。原因は納豆だよ」

「え? お隣が納豆嫌いだからとか言うんじゃないでしょうね」

「いや、単なる好き嫌いじゃない。お隣の旦那さん、たしか醤油の醸造所に勤めてるんだったよな?」

「そうよ、有名なヤマカ醤油」

「あのな、納豆菌は醤油のもとになる麹菌の大敵なんだ。だから醸造業に携わる人間は納豆を一切食べないと聞いたことがある」

「大変。お隣だけじゃないわ。この辺り醤油工場に勤めている人がたくさんいるはずよ……」

夫婦は顔を見合わせて黙り込んだ。