佳作「白いショールーム ハマノミドリ」
オフィスビルの一室にショールームはあった。インターフォンで「予約した桂木です」と告げると、ほどなくして出てきた女性は白衣を着ている。ロビーへ招き入れられ、すすめられた椅子に座る。室内は清潔感あふれる白い壁に囲まれている。僕は学校の保健室を思い出した。スチールデスクに木の背もたれの椅子、ご丁寧にパイプベッドまでディスプレイされているのだ。
僕の他に客はいない。イケダと名乗った女性は、ガラス戸のついた白い薬品棚からカップを取り出すと、コーヒーを入れてくれた。
「ここ、保健室みたいですね」
「ええ、当社の業容に合わせて、正義、清潔、そして安らぎなどをイメージするようなインテリアを考えたんです」
笑みをたやさず話す彼女は僕よりいくつかは年上だろう。三十歳前後といったところだろうか。切れ長の目と、少し厚めの唇が魅力的だ。長い髪をアップにしてシニヨンにまとめている。知的さがかえってセクシーさをかもしだすタイプだと感じる。
ここは防犯カメラのショールームなのだ。僕がこっそりこんなところへ来たのにはわけがある。学生時代から付き合っている彼女が、最近浮気をしているようなのだ。証拠はないけれども彼女の態度が明らかにアヤシい。
彼女の部屋には週に一回くらい行っている。あるとき偶然そこで、雑誌などに紛れて防犯カメラのパンフレットを見つけた。なぜこんなものが、と思わなくもなかったが、女の一人暮らしだし、セキュリティーは大切だ。特に理由を尋ねもしなかった。けれどもその時思いついたのだ。浮気の証拠をつかむために、彼女の部屋に監視カメラを仕込むことを。
多少の後ろめたさを感じながらも、浮かんだアイディアにひかれるようにしてこのショールームまで来たというわけだ。けれども動機を正直に話してストーカー疑惑をかけられてはいけない。イケダさんには、新築の家のセキュリティーのため、とか何とか言って予約をしてきた。ここは完全予約制らしいのだ。
「防犯カメラというと、よくお店の天井から吊り下げられている、首振り式のものを思い浮かべるお客様が多いのですが、今は実にいろいろなタイプのものがあるんですよ」
イケダさんの口調はおだやかだ。室内はいくつかのブースに分かれており、様々なタイプのカメラと、その映像を映し出すモニターが配置されている。ごく一般的なカメラの前から説明は始まった。
「万引き防止などが目的でしたら、カメラがあるのが分かった方がいい。抑止効果につながりますからね。でも美観的な理由などで撮影していることを目立たせたくない場合は」
言いながら隣のブースに移動する。
「こちらの超小型カメラ。ピンホールカメラといいましてね、針穴のような小さな穴さえあれば撮影ができるのです」
「撮られていることに気がつかない?」
僕は肝心の質問をした。
「ええ、音もしないですし。さらに一番の魅力は、画像の確認に大きなモニターなどは必要ないということです。スマートフォンでいつでもどこからでも見られるのですから」
これなら僕の目的にはピッタリだ。
「さらに、見てください。小さくても高機能なのがこの商品の自慢です。最新のズーム機能で、見たい場面を拡大できるのです」
手元で操作すると画像が広がった。
「これで浮気相手の顔もバッチリね」
「えっ?」
あわてて振り返る僕をさらりとかわして
「それから、これはお客様の目的とは少し違うかもしれませんが、カメラに出張してもらう方法というのもあるんですよ」
隣に展示してあるのはバッグに仕込むタイプのカメラだ。いわゆる隠し撮りではないか。果たしてこんなことをしていいものなのか? 訝る表情の僕を何食わぬ顔で誘導するとイケダさんはモニターにスイッチを入れた。
「この映像、私のダンナの職場なの」
結婚していたんだ。だけどなんでまたダンナさんの映像を見せるのだろう。
「彼、まだ仕事中みたいよ。大丈夫ね」
彼女は再び僕をロビーへ誘い、ディスプレイしてある保健室のベッドの前に立った。
「どうぞ」
近づくとベッドには枕が二つ置いてある。
「ここは監視されていないから安心して」
彼女は不敵な笑みを浮かべてベッドに両手をついた。白衣の胸元からは、下に何も着けていないのが見えてしまった。僕の視線はそこに吸い寄せられていく。
ダンナが仕事中なのを確認して大胆になっているイケダさんの色香に引きずられながら、僕はその時初めて気がついた。僕の彼女の部屋になぜあのパンフレットが置いてあったのか、そしてなぜ僕が今まで浮気の証拠をつかむことができなかったのかを。