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佳作「かわいい写真 ハヤシアヤコ」

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作文・エッセイ
結果発表
TO-BE小説工房
第23回 阿刀田高のTO-BE小説工房 佳作「かわいい写真 ハヤシアヤコ」

まわりがどんどん出産していく。今年に入って四人目だ。

九月中旬のまだ暑い日に、私は出産祝いの紙袋をぶらさげて、鷺沼駅からマリの家まで日傘を差して歩いた。分譲マンションのエレベーターに乗って六階で降りる。ドアの前でチャイムを鳴らすと、赤ん坊の泣き声が近づいてくるのがわかった。

「はーい、いらっしゃい!」

ドアを開けて出てきたマリはノーメイクで、マリに抱かれている赤ん坊は、ぎゃあぎゃあ泣き叫んでいた。「うるさい」という言葉を飲み込んで、「元気だね」と言うと、

「たぶんミルクだと思う」

ご丁寧に泣いている理由を説明してくれた。

「散らかってるけど、あがって。ひさしぶりだねえ。元気だっ た? 元気そうだね」

「うん、まあ元気かな。マリは、大変そうだね」

「うん、大変だけど、しあわせだよ」

「そっかあ。おじゃましまあす」

マリが「しあわせ」と口に出して、自分に言い聞かせないとやっていけないくらい大変なんだ、ということがわかった。

リビングルームへ行くと、先に到着していたユキが

「いらっしゃい」

と言って迎えてくれた。すると一緒にくっついてきた旦那のやすくんが、すかさず

「おまえの家じゃないんだから」

とツッコむ。

「ははは」

マリがケープをかけて、赤ん坊におっぱいをあげはじめると、部屋に沈黙がおとずれた。うすい布一枚を隔てた下で、まさに今、おっぱいが吸われているのだ。ケープで隠れている赤ん坊と、マリのおっぱいを想像しながら、やすくんも私と同じ画を想像しているのだろうかと考えていたら、やすくんと目が合ってしまって、少し焦った。 「ユキとやすくんは、いつ着いたの?」  何か言わなきゃと思って、どうでもいいことを聞いてしまった。

「さっきだよ。十分くらい前かな。ね?」

ユキの答えに、やすくんはうなずいて応えた。

「そうだ、これ、出産のお祝いなんだけど」

私は紙袋の中身を取り出して、マリの前に差し出した。

「わあ、ありがとう。そんな、気を遣わなくていいのにい」

いやいや、そういうわけにはいかんだろう。子どもが産まれたから遊びに来てと言われて、手ぶらで来る大人なんかいない。

「もういいかな」

マリがおっぱいをあげ終わってケープをはずすと、すっか

り満足してごきげんな赤ん坊が出てきた。

「かわいい。ねむたそうにしてるよ」

「ほんとだ、かわいい!」

ユキとやすくんがはしゃいでいる。もしくは、はしゃいで見せているのだろうか。二人は結婚四年目で、たぶん妊活三年目。自分たちはなかなか授からないのに、まわりでぽんぽん産まれていって、なかなか複雑な心境なのではと推察してしまう。たとえ表面上でも、人の子どもを素直に「かわいい」と言って振る舞えるのはすごいことだ。

マリがプレゼントの包装紙を開けて、中身を確認すると、

「かわいい! ありがとう! ようくんも、エリック・カー ル好きだから、よろこぶよ?。ゆうりちゃん、よかったでちゅね~。あゆみちゃんが、おもちゃをくれまちたよ~」

マリが立方体のカラフルなおもちゃを、ふりふりすると、赤ん坊はおもちゃに興味を示して、手足をばたばたさせた。

「かわいい! なんか笑ってるよ?」

「ほんとだ、かわいい!」

「かわいい」を連発するユキたちの横で、マリの産み落とし た赤ん坊を、みじんもかわいいと思えない自分が、悪魔に思える。私はかばんの中からスマホを取り出して、赤ん坊にカメラを向けた。

「写真、撮ってもいい?」

「え? もちろんいいよ! 撮って撮って~」

カシャッ カシャッ カシャッ。ユキとやすくんの「かわいい!」の合間に、あいづちを打つように、シャッター音を響かせる。「かわいい」の言葉の変わりに、親がかわいいと思えるような写真を贈ろう。