選外佳作「永遠、あるいは、無。 九螺ささら」
はじめ、目が慣れなかったのだけれど、やがて暗闇に気づき、その暗闇が永遠のように続くと知り、諦めのような静かな気持ちが訪れ、眠気が訪れ、それに全身と魂をゆだねるように眠り始めた。
眠りが常となり、(これは眠っている夢なのか、それとも、これこそが本当の眠りというものなのか)と疑問を感じた。
「どちらも正解よ」
僕の心の声に答えてしまう、何かの存在。
神?
(だれ? それとも自分?)
「私は羊歯の化石。あなたの大先輩よ。
あなたは新人の、アンモナイトの化石ね?
今やっと、有機物から無機物になって」
(ムキブツ?)
「そうよ。化石になるっていうのは、有機物の粒々が無機物の粒々と交換し切ったということなのだから。完ぺきに、なりましたね」
(カンペキ?)
「そう、完ぺき。もうあなたは、腐らなくなったのだから。もう、燃えなくなった。つまり、もう、死ななくなった。おめでとう。あなたは、永遠の命を手に入れたの」
(僕はもう、死なないの?)
「死なないわ。あなたが、それを望んだのではないの? 願ったから、叶ったの。世界とは、そういうものよ」
(たしかに……そんなことを願ったような……。親も友だちも次々死んじゃって。死ぬって何て悲しいんだって思って。だから、死なない体をください、って……そんなことを、泣きながらずっと呟いてて、それで気づいたら……)
「ここにいたのね?」
(ここはどこですか?)
「星の中身よ」
(星の、中身?)
「そう」
(死なない、って、どういうことですか?)
「ずっと生きてるってこと」
(それは……)
「眠るか、起きているか、どちらかの状態が永久に続くの」
(それは……)
「悲しくない世界よ。」
(ずっとここですか?)
「そうよ。あなたと私。今のところこの辺りには、あなたと私しかいないようだから。仲良くしましょう」
(仲良く……。)
「羊歯一族の歴史をお話するわ。あなたは私に、アンモナイトの一族の歴史を話してくれればいい。あなたと私の記憶が完全に入れ替わり切って、あなたが羊歯の化石で私がアンモナイトの化石のような気持ちになっても、まだまだ終わりなどというものは永遠に来ないわ」
(それは……、幸せですか?)
「しあわせ? 何かしらその、しあわせって」
(心が満たされる思いってことです)
「……むずかしくて分からないわ」
(ここは、天国とかですか?)
「私にとってはそうよ」
(死ねないのか……)
「死にたいの?」
羊歯の化石が笑うと、辺り一面が揺れた。とても気持ちが悪かった。
しばらく眠ろうと思った。羊歯の化石の笑い声と揺れから逃れるには、それしか方法が無いようだった。
けれど眠りから目覚めると、また羊歯の化石の声がした。
「起きたの?」
(監視してたんですか?)
「かんし? むずかしくて分からないわ」
(僕は一人になりたいんです)
「私はずっと一人だったけれど、それは残酷なものよ。あなたが来てくれて、私は淋しくなくなったわ」
(僕は一人になりたいんです)
僕は、眠った。もう二度と目覚めないように努力するのだけれど、また、気がつくと目覚めてしまう。起きると羊歯の化石が僕をあざ笑う。
(死ねないのか、永遠に……)
「ふふ……。あなたなんか新人だからまだ分からないでしょうけど、死ねないって、気が狂いそうなの。どうしたらいいか分からないの。どうしようもないの」
(お互いに、殺せませんか? 化石になる前行われてた食物連鎖みたいに。互いに食い合って、二人とも、消しませんか?)
「二人」は念じた。相手を消そうと強くイメージした。……気がつくと、「二人」も星も消え、宇宙は何事も無かったかのように、それらを呑み込んでタフに無音のままだった。