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佳作「新人 田辺ふみ」

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作文・エッセイ
結果発表
TO-BE小説工房
第24回 阿刀田高のTO-BE小説工房 佳作「新人 田辺ふみ」

初めのあいさつは大事だ。

「金田です。ここで骨を埋める覚悟でがんばります。よろしくお願いします。」

わたしはしっかりと頭を下げた。

「金田さん、そんなに堅苦しくならないで。もっと、気楽にしてください」

顔も体もごついが、リーダーの言葉づかいは丁寧だった。

「さて、今日から、金田さんはわたしたちの仲間です。慣れるまで、みなさん、いろいろ、教えてやってください」

「お願いします」

わたしはもう一度、頭を下げた。

「それから、金田さんから、お菓子を頂きました。ここに置いておきますので、ご自由にどうぞ」

残り少ないお金で買ったお菓子だ。ここに集まっている人で全員ではないらしいが、いい印象を与えることはできただろうか。

この歳になっても、いや、なったからこそ、新しい環境に入っていくのは緊張する。

「山崎さん、案内してあげて」

リーダーの言葉に小柄な男性が立ち上がった。

「じゃあ、ちょっと、ついてきて」

山崎さんは先に立って、歩き始めた。

「まず、リーダーの指示には必ず従うこと。それから、何かわからないことがあれば、俺に聞いて」

「はい」

「水道はここ。他の人も使うから、譲り合って使って。いつもきれいにするように」

「はい」

できるだけ、はきはきと答えるように気をつけた。

「そういえば、金田さんは島やんの知り合いなんだって」

「はい、島村さんは前の前の会社の先輩です。会社がつぶれた後、わたしは別の会社に転職してたんですが、また、リストラされてしまって」

今回は社宅にいたため、職も住処も失うことになった。それだけじゃない。

最初に会社がつぶれたとき、職が見つかるまで支えてくれた妻も今回で愛想をつかしたらしい。子どもと一緒に出て行ってしまった。今頃、どうしているだろうか。今のわたしと会ったら、どんな顔をするのだろう。

五十五歳にもなると、再就職は難しい。特別な能力があるわけでもなく、腰痛持ちのため、体力仕事は選べなかった。あとは一人暮らしの不摂生もあって、気をつけたつもりでいても、どんどん、むさくるしくなっていった。

寮の退出期限まで必死でハローワークに通ったが、結局、仕事は見つからなかった。

「島やんは元気にしてる?」

「いえ、あまり、よくないんです。実は島村さんを病院に見舞いに行ったら、ここを紹介してくれたんです」

「そうか、あいつは優しいからな」

「そうなんです。『俺の席が空いてるはずだから、よかったら、紹介してやるよ』って、体調が悪いのに、紹介状を書いてくれたんです。よかったら、お見舞いに行ってあげてください」

「わかった、行ってみるよ」

山崎さんも優しい人らしい。

「ゴミはまとめて、ここに捨てて」

「ここがトイレ」

山崎さんは立ち止まると、立ち並ぶビルの一つを指差した。

「お昼の食事はあのビルの三階のお店がいいよ。晩のおすすめは少し離れているんだ。よかったら、今晩は一緒に行く? いいところ、教えてあげるよ」

「お願いします」

慣れない場所でお願いしてばかりだ。

それにしても、食事のことまで考える余裕がなかったので、助かった。

山崎さんは一通り、案内すると、リーダーのところまで戻ってきた。

「ここが金田さんの席ね」

リーダーのそばの区画を指差した。

「じゃあ、また、晩メシのときに」

手を上げて去る山崎さんに深々とおじぎをして、わたしは自分の場所に入った。

ほっと息をつき、座り込む。

「前の会社のことは忘れて、がんばらないとな」

公園の緑が美しく見える。

前を通り過ぎる親子連れがわたしをちらりと見て、目をそらした。

わたしは床の段ボールをなでた。今は寒さを感じないが、何か風よけを探しに行った方がいいかもしれない。

さあ、今日から、ここがわたしの家。

路上生活のはじまりだ。