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選外佳作「桜の性根 三浦幸子」

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作文・エッセイ
結果発表
TO-BE小説工房
第25回 阿刀田高のTO-BE小説工房 選外佳作「桜の性根 三浦幸子」

えっ、なあに?私の年間スケジュールが知りたいって?

あんたみたいな人間が、私みたいな桜の木の事が知りたいって?何の為に?

今は言えないって?何それ。

まあいいわ。春までは暇だからね。あんたの相手になってあげるわ。

冬の今はね、ホント、ひまなのよ。毎日ぼーっとしているわ。

人間達は、春に綺麗な花を咲かせる為に栄養を吸収する時期だとか、力をためている時期だとか言ってるみたいだけど、嘘よそんなの。

ネットで調べたって?あっそう、ネットを信じるなら私の話もここまでね。帰ってくれたっていいのよ。

……別に怒ってないけど……聞く気があるなら続けるわ……

とにかく今は、毎日毎日ぼーっとしてるの。

春が近づくとさ、私の足元に雑草たちが芽を出すじゃない?あいつらがうるさいのよね。まだ、芽を出さずに種のままでいる仲間たちに

「おい、そろそろ芽を出せよ」とか「いつまで寝てるんだ」とか騒ぎ出すの。あいつら頭(あたま)数(かず)多いじゃん。100や200どころじゃないからね。とにかくうるさくって。

しかたがないから私もそろそろ動こうかななんて、春の準備を嫌々でもする訳よ。

するとね、私の身体全体がピンク色になるの。あら、見てなかった?桜は花だけがピンクじゃなくて、身体全体がピンクなんだからね。ほら、草木染めだって、花で染めるんじゃなくて木の枝で染めるじゃん。あんたホント何も知らないのねえ。

そいでさ、いっぺんにつぼみもふくらますともったいないから、ほんとに少しずつ少しずつふくらませていくの。人間たちをじらすわけよ。

桜前線なんて勝手につくっちゃってさ。ばっかじゃない?あんなのつくったって、結局は私達の気まぐれでしか咲かないのにさ。人間に私達の何が分かるのさ。

でね、花はとっとと咲かせちゃって、とっとと散らしてしまうわけ。

なんでって、お花見なんてやるでしょ?あれ嫌なの。やめてくんないかなあ。

足元で騒いじゃってさ。おまけに昼にやればいいものを、夜にわざわざライトなんて当ててさ。うるさいし眩しいし、迷惑なんだよね。で、さっさと散ってあげるわけ。

でも、私の楽しみはここからよ。私はね、葉っぱを枝いっぱいに張り巡らすのが好きなの。学生が私に寄りかかって本を読んでいたりするのは好きだわ。

カップルがいちゃいちゃするのは嫌よ。だから、ちょっと毛虫なんかを呼んで来て脅かしたりするの。うふふ、快感よ。

でもねえ、秋になると葉っぱを落とさなきゃいけないでしょ。本当はね私、常緑樹って言われたいの。せっかく作った葉を落としたくないの。だから、時間をかけてゆっくりゆっくり落とすのよ。

私の足元を掃除するおじさんがね、

「いいかげん、早く全部おとしてくれないかなあ」っていつもぼやいているわ。

私の葉っぱてさ、大きくて固いから、毎日の落ち葉掃除が大変なんだって。

でもさ、私の大事な葉っぱたちなのよ。

花の時は名残惜しそうに、「散らないでー」なんて事を言うのに勝手よね。

……でさ、葉っぱを全部落としちゃったら仕事はおしまいよ。また春が近づいて来て、草たちが騒ぎ出すまで、ぼーっとする日を送るの。

単純でしょ?

はい、私の年間スケジュールはこれでおしまい。何か参考になった?

へえ、あんた、子供が生まれるって?そりゃあおめでたいわね。それで名前を考える為に来たってわけ?そりゃまあごくろうさま。

桜の花の頃に誕生ったって、「桜」なんて名はよした方がいいわよ。私みたいな性根の子になっちゃうからね。

ふわ~~、もういいかなあ、春までまだ時間あるでしょ。ぼーっとさせてよ。