選外佳作「結納日和 倉嶋悠」
どこまでもついているひと。雲ひとつない空に一月とは思えない暖かい陽気。朝早くから身支度にせわしなくしながらも、幸せそうな笑みをうかべる幼なじみの貴子を見た。両親に弟、そして新しく家族になる西島さん。天涯孤独のわたしとは大違いだ。
「弥生、ありがとな」
後ろから声をかけられふり向くと、貴子の弟の優太が茶色く染めた髪をかきあげながらヘラヘラと笑っていた。いくら出席しなくても貴子に身なりを注意されたのだろう。いつもの派手でだらしない恰好ではない。
「なにが?」
「姉貴の結納の手伝いにきてくれたことだよ」
そうだった。今日は手伝いということできたのだ。本当は結納をぶち壊しにきたのに呑気な優太。
「貴子の晴れの日なんだから当たりまえだよ」
西島さんの家のことは貴子から聞いていた。しきたりにうるさいらしく、結納の準備に貴子にしては珍しく神経質になっていた。
「桜茶がないんだけど、優太知らない?」
「テーブルの上にあったぞ」
「ないよ」
あるはずがない。わたしのバッグの中だ。
「さっきあったのに、おかしいな」
「時間がないし、咲いてる桜をこっそり貰ってくるしかないか。優太が行ってきてね」
メモとペンをとると地図を書いて優太に見せた。しばらくメモを見たあと、優太は黙ったままわたしを見た。いくら優太でも、ひとさまの桜を盗るのは気が引けるらしい。
「ここの大きい家に庭からはみでて咲いてたから、中に入らなくても大丈夫。バレないよ」
「一月に桜なんて咲くの?」
……そっちか。
「寒桜っていう冬でも咲く桜があるの」
優太は少し考えてから溜め息をついた。
「しょうがねえ、面倒だけど行ってくるか」
メモを手にすると走って行った。
地図に書いたのは西島さんの家だ。となりの駅にある。優太は知らない。西島さんにも会ったことがないのだ。結納が終わってから紹介すると前に貴子が言っていた。優太の日頃の言動を思えばあまり会わせたくない弟なのだろう。うまくいけば西島さん一家と鉢合わせになる。鉢合わせしなかったとしても防犯カメラがある。桜がはみでている位置が映るのだ。優太が桜を盗っている時間帯に、怪しい人物がうろついていたと西島さんにこっそり言えばいい。いくら庭の花とはいえ、そんな弟をもつ女を家族にするのは考えなおすに違いない。
優太が息をきらせ桜を持って戻ってきた。
「やべえ。桜盗ってるとこ見られた」
「誰に?」
「家のひと達。でかけるとこだったみたい」
運はわたしに味方したようだ。
しばらくして西島さん一家がきた。結納が始まった。桜茶は終わってからだすのだ。
「優太、ごめん。急にお腹痛くなっちゃった。かわりに桜茶だしてくれない?」
「いいけど、俺が行ったら姉貴にあとで怒られそうだな」
結納が終わるころ、優太が盆に桜茶をのせ運んで行った。わたしは自分でも驚くほど心臓がバクバクしていた。気づいたら手に汗をかいていた。めまいがして立っていられなくなり、椅子に崩れるように座った。
「もう気がすんだろ」
顔をあげると優太が立っていた。
「どういう意味?」
「弥生は小心者のくせに昔から危ないこと思いつくよな。いくらなんでも家族になるひとのこと知らないわけねえだろ。俺をなめ過ぎ」
「騙されたふりをしてたの?」
「俺をハメようとしたから騙されたふりしたんだよ。弥生へのお仕置き」
わたしは何故かほっとした。
「じゃあ、さっきの桜は?」
「試飲するって姉貴が何種類か買ってたんだ」
神経質になっていた貴子を思いだした。
「姉貴は無神経なところがあるよな。ごめんな、俺なにも言ってやれなくて」
貴子と結納の準備の話をしていたとき、両親が揃っていないと結婚は無理よねと笑いながらわたしに言ったのだ。優太はその場にいたからそのことを言っているのだろう。わたしの頭を優しくポンポンとたたいた。
「ばっくれよう」
「え? でも、次は緑茶をださなきゃ」
「姉貴が自分でやればいい。これは姉貴へのお仕置き」
優太はニヤリと笑うと、わたしの手をとり玄関へと走りだした。