選外佳作「クリスマスの夜に アカイコート」
夜の商店街は、クリスマスを前に浮かれ気分の人達が行き来していた。茜は十年ぶりの同窓会に着ていく服を買うためブティックに入った。体型の分かりにくいワンピースを試着すると心の中でつぶやいた。(あーあ、なにを着ても丸太にしか見えないわ。しかたない同窓会はこれでいいか……)
来年四十歳になる茜は、何度か婚活を試みたが自由気ままな生活がいごこちよく、我慢をしいられる主婦になんの魅力もかんじていなかった。このまま一生独身貴族でくらしたいと思ったが一人で年老いていくことへの不安と一抹の寂しさをかんじていた。
茜は買い物をすませ自宅に向かって歩いていると、あるお店の前で立ち止まった。看板ボードには『美人の消しゴム』と書いてある。
「あれ、気づかなかった。いつのまにできたのかしら?」
店内をのぞくと棚の上には空のケースがいくつも並んでいたが商品らしきものがみあたらない。人影もないので帰ろうとすると店の奥から細身の老婆が笑顔で呼びとめた。
「どうぞ手に取ってみてください。脂肪のとれる消しゴムを販売しているので一度ためしてみませんか? 昼間たくさんのお客様が来店され、これが最後の消しゴムになりました。数回消せば一分で効果がでる品物ですが、日本ではここでしか購入することができません」
老婆は試供品の消しゴムを茜に手渡した。文房具店で販売している大き目サイズの消しゴムのようにもみえる。(これで本当に脂肪がとれるのかしら)茜は不思議に思った。
「脂肪って、お腹まわりの脂肪ですか?」
「はい。お腹の脂肪に効果があります。お試しは無料ですから、さあどうぞ」
不安ながらも興味があったので案内されるまま更衣室に入った。洋服をめくり左側のウエストを消しゴムで消す動作を数回ほどした。
一分ほど待つとウエストが少しくぼんだ。
(え? うそでしょ……)
茜がカーテンを開けると老婆が 耳元でささやくように言った。
「お気にめしましたか? この消しゴムは、ご覧のようにすぐ効果が出るのが特徴です」
「あの、お値段はおいくらですか?」
「一万円です」
老婆が新品の消しゴムを目の前に出すと、茜は迷うことなく代金を支払った。自宅に着くと左ウエストが元に戻ってないか確認したが、くぼんだままだった。茜はためしにウエストの右側を消しゴムでこすった。しばらくすると左側と同じように少しくぼんだ。昔からウエストのくびれに憧れをいだき、あれこれチャレンジしたものの丸太の体型はびくともしなかったが、この『美人の消しゴム』でいとも簡単に夢がかなったのだ。茜は結婚も夢じゃないとさえ思えた。(同総会まであと
一週間か……そうだわ! このウエストを
みんなに自慢しちゃおうかしら)茜は毎日『美人の消しゴム』を使いウエストのくびれを少しずつ作っていった。さらにウエストを強調したワンピースを新調した。
同窓会当日、数人の友達が声をかけてきた。
「ウエスト細くなったわね! 何かやった?」
「何にもしてないわよ。うふふ」
すると後ろから聞き覚えのある声がした。
「昔のまんま、おデブだな」
確かにウエストは引き締まったが、顔や下半身は何も変わっていない。それよりも悠馬から声をかけてきてくれたことが嬉しかった。茜はお酒の力をかり、クリスマスには変身するとジョークで言った。悠馬も、あと三日で変われるはずもないと思い軽い冗談で言った。
「変身したら結婚しようか!」
茜には冗談に聞こえなかった。それに、悠馬がまだ独身だったことが嬉しかった。
翌日、試しに『美人の消しゴム』で顔の頬をこすり一分待つと少しだけくぼんだ。
(え! この消しゴム全身に効くんだわ)
茜は写メを撮り悠馬に送ると、電話がきた。
「本当に茜?」
「修正加工してない本物の茜だよ。クリスマス、楽しみにしてる」
「う、うん」
茜の急な変わりように不気味さを感じた悠馬は軽口をたたいたことを後悔し、妻子がいることを直接会って謝らなければと思った。
クリスマスの夜、ホテルのロビーは混雑していた。一時間たっても茜が来ないので、悠馬は帰ろうと立ちあがると周りが何やら騒がしくなった。悠馬は有名人でも来たと思い、周りを見わたすと赤いコートをまとった女性が悠馬に近づいてきた。ロビーが静まり変わりヒールの歩く音だけが聞こえる。周りの視線が二人に集中した。
「遅くなってごめんね」
「……」
骸骨のような老婆が悠馬にほほ笑んだ。