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第16回「小説でもどうぞ」最優秀賞 遊びのない男/酔葉了

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作文・エッセイ
小説でもどうぞ
結果発表
第16回結果発表
課 題

遊び

※応募数206編
「遊びのない男」
酔葉了
 私はとある銀行の郊外の支店に勤務している。肩書は営業課長。上司や部下の私の評価――「堅物」「真面目過ぎて融通が利かない」「遊びを知らない人」。笑えるぜ。しかし、よく見ている。私自身それは認める。酒の付き合いは断る、昼食も一人、習い事もしない、趣味はなく、休日は自宅で本を読んだり、テレビを観たりする程度。旅行にも興味なし。もちろん独身だ。だが私は今の生活に全く不満はなかった。
 昔、一応、友人と呼べる男が聞いてきた。
「お前の生き方、楽しいのか?」
「楽しくもないが、それほどつまらなくもない。そもそも今までこの生き方で困ったことはないよ」彼はつまらなさそうに頷いたが、本当のことだ。大体、生きていて楽しいかなんて大きなお世話。
 そんなある日、支店から車で二時間くらいの街に顧客の担保物件の実査に行くことになった。融資する際、担保としてどれくらい価値があるのか調べる調査だ。
 私と部下の二名で行く。部下は堅物課長と行くことが不安だろうがこっちは気にもしない。遊びでなく仕事だ。いつもの私のやり方でやるだけ。しかも私は遊び心がない分、仕事の手を抜かない。この部下にとって、おそらくこの日は遠出しても全く遊びのない厳しい一日になることだろう。
 まず交通手段。本来、銀行が保有する軽自動車で行かねばならないが、軽自動車では馬力もなくスピードが出ない。時間の無駄だし、万が一事故った時、小さい車では心もとない。私は自家用車を出すことにした。
 朝一番、部下の自宅に向かった。だが、私は部下の家の前で転び、スーツのズボンを破ってしまう。なんたる不覚。部下に貧乏くさい姿は見せたくない。こんな時のために車に積んであった、昔、着ていた予備のスーツに着替える。少しきついが仕方がない。
 高速道路に乗った。道は空いており快適だ。もちろん車内では音楽ではなくラジオ。この日は随分と陽射しが眩しかった。今日は人を乗せているし、安全を考えて、私は色付きの眼鏡をかけた。
 一般道路に降りても流れは順調で予定通りの行程だ。右手に海が見えた。部下は「海だあ」と言って少し興奮している。やがて信号待ちとなった。遊泳禁止らしく砂浜で遊ぶ人はいない。だが、私はある光景を目の当たりにした。なんと人が溺れているではないか。手と足が海面から出ては消え、沈んでいくように見えた。砂浜に他に人はいない。私は車を道の端に寄せ、運転席から飛び出した。砂浜に足を突っ込む。
 しかし――違っていた。人ではなく、木の枝が海面から突き出ていただけ。馬鹿らしい。私は車に戻る。驚いて追いかけてきた部下に説明する気にもならない。「すまん……」そう言って私は部下の肩を軽く叩いた。
「腹が減った」と、よく考えず、最初に目についたドライブインに入った。私は正直食べ物には興味ない。面倒なのでメニューの左上の定食を選んだ。部下はじっくりとメニューを読み込んでいる。若い。
 腹を満たして運転再開。と、間もなく目指す物件に着いた。建物や境界線、接道状況、破損しているところや不自然なところがないか隈なく確認し写真を撮る。
「これで終わりですか?」
「いや、まだだ。建物の周辺も重要だ」
 私は辺りの主な施設を回ることにした。学校、公園、商業施設、病院、それらは物件の価値に影響を与え、漏れなくチェックが必要だ。特に商業施設ではどのようなものが売られているのか、公園にはどんな遊具があるのか、念入り確認した。近くには城跡があるようで、観光資源としてどれくらい価値があるのか、それも登って確認する。結構、時間がかかったが、これで終了だ。
「担保実査ってのはここまでやる必要がある。分かったか?」
 私の言葉に部下は頷いたが、その顔には疲れが見えた。仕事とはこういうものだと私は教えたつもりだ。是非、学んで彼が上司になった時、部下に伝えて欲しいと願う。
 翌日、担保実査に行った部下は同僚と昼飯を食っていた。
「昨日はお疲れ。あの堅物の課長と一緒だと何の遊びもないから面白くなかったろう。まじ大変だったな」
「いやいや……」部下は激しく手を振った。「課長は遊び心満載だったわ。初っ端からBMで登場だぜ。しかも細身のスーツ着てさ。途中でグラサンするわ、いきなり海を見に行ったり、有名なドライブインで一番の名物食ってたしな。担保物件の周りの商業施設でちゃっかり買い物しているし、公園の乗り物にまで乗っちゃうんだもん。城跡まで満喫してたよ。課長、すげえーよ。人生楽しんでるわ……」
(了)