第17回「小説でもどうぞ」選外佳作 セールスお断り!/花千世子
第17回結果発表
課 題
家
※応募数253編
選外佳作
「セールスお断り!」
花千世子
「セールスお断り!」
花千世子
セールスお断りのステッカーが貼ってある家は狙い目である。
そういう家はステッカーに頼らなければならないほど、押しに弱い人が住んでいるからだ。
僕はどこかで聞いた話を思い出し、目の前の家を見る。
その家は、玄関のドアの横に『セールスお断り』のステッカーを貼っていた。
表札は「大森」と書いてある。
そういえば、会社の先輩が「A町の公園のすぐそばの、セールスお断りを貼っている大森家には近づくなよ」と言っていた気がする。
先輩はどうせ僕をからかっただけだろう。
だって相手が押しに弱い人であれば、新人セールスマンの僕にとっては好都合だからだ。
そう思って、僕は大森家のインターフォンを押した。
『どちら様?』
すると、ドアが開いて老婦人が出てきた。
「まあまあ、外は寒いでしょう。お話は家の中で聞きますわ」
中に入れてくれるだなんて、これは滑り出し好調じゃないか。
僕は嬉々として大森家に入った。
「お茶で良かったかしら」
居間に通されると、待ってましたといわんばかりにお茶とお茶菓子が出てきた。
「いえ、おかまいなく」
「いいのよお。せっかく美味しいカステラを用意したんですから」
せっかくの客を逃がしてはいけない、という気持ちで僕はお茶をすすり、カステラも食べる。
うん、うまい。
すると、ぐーぎゅるぎゅるぎゅるとお腹の音が鳴る。
お昼が近いせいもあり、カステラで胃が刺激されてしまったようだ。
「あら、もしかしてお昼はまだ?」
大森夫人が立ち上がる。
「はい。会社に帰ったらすぐに食堂に向います」
「それよりも、ここで食べていってちょうだいよ」
夫人は僕が断る暇もなく、天ぷらとご飯、味噌汁、漬物をテーブルに乗せる。
これでは完全に天ぷら定食だ。
「今日ね、夫に急用ができちゃって一人分余ってるのよ。息子も帰りが昼過ぎになるって言うし」
夫人はそう言うと、「人助けだと思って食べて」と笑顔を見せる。
僕は目の前の良い香りと食欲に負けて、食事を平らげてしまった。
「いい食べっぷりだったわ! はい、食後のお茶とデザートをどうぞ」
夫人がそう言って僕の目の前に置いたのは、お茶と羊羹だ。
僕はそれらもすべてきれいに食べ終えると、ようやく本題に入ろうとカバンに手をかける。
その時、夫人が何かを持ってきた。
一枚の紙だ。
「はい」
夫人が渡してきた紙を僕は無意識のうちに受け取った。
中身を読んでも一瞬、何のことだかわからなかった。
しかし、じっくりと目を通して冷や汗が出る。
なんと、来た時から出されたお茶とカステラ、さらには天ぷらとご飯、味噌汁、漬物、最後のお茶と羊羹。
それらすべては有料だというのだ。
しかも、高級料亭並みの値段。
「あの、これって」
僕がそう言うと、夫人はにっこり笑った。
「タダ、だなんて言ってないわよ」
「でも僕は」
「払えないっていうの?」
夫人はそこまで言うと、チラリと背後を見る。
するとガチャと音がしてキッチンのほうから人がやってくる。
ガタイの良い若い男性だった。
「あら、ちょうどよかったわ。この人、お金払えないっていうのよ」
「お袋、俺に任せろ」
男性は手をボキボキ鳴らして近づいてくる。
「払います、払います!」
僕はそう言うと、財布からお金を抜き取り、逃げるようにして家を出た。
最初からステッカーで忠告してくれていたのか。
セールスお断り、と。
(了)
そういう家はステッカーに頼らなければならないほど、押しに弱い人が住んでいるからだ。
僕はどこかで聞いた話を思い出し、目の前の家を見る。
その家は、玄関のドアの横に『セールスお断り』のステッカーを貼っていた。
表札は「大森」と書いてある。
そういえば、会社の先輩が「A町の公園のすぐそばの、セールスお断りを貼っている大森家には近づくなよ」と言っていた気がする。
先輩はどうせ僕をからかっただけだろう。
だって相手が押しに弱い人であれば、新人セールスマンの僕にとっては好都合だからだ。
そう思って、僕は大森家のインターフォンを押した。
『どちら様?』
すると、ドアが開いて老婦人が出てきた。
「まあまあ、外は寒いでしょう。お話は家の中で聞きますわ」
中に入れてくれるだなんて、これは滑り出し好調じゃないか。
僕は嬉々として大森家に入った。
「お茶で良かったかしら」
居間に通されると、待ってましたといわんばかりにお茶とお茶菓子が出てきた。
「いえ、おかまいなく」
「いいのよお。せっかく美味しいカステラを用意したんですから」
せっかくの客を逃がしてはいけない、という気持ちで僕はお茶をすすり、カステラも食べる。
うん、うまい。
すると、ぐーぎゅるぎゅるぎゅるとお腹の音が鳴る。
お昼が近いせいもあり、カステラで胃が刺激されてしまったようだ。
「あら、もしかしてお昼はまだ?」
大森夫人が立ち上がる。
「はい。会社に帰ったらすぐに食堂に向います」
「それよりも、ここで食べていってちょうだいよ」
夫人は僕が断る暇もなく、天ぷらとご飯、味噌汁、漬物をテーブルに乗せる。
これでは完全に天ぷら定食だ。
「今日ね、夫に急用ができちゃって一人分余ってるのよ。息子も帰りが昼過ぎになるって言うし」
夫人はそう言うと、「人助けだと思って食べて」と笑顔を見せる。
僕は目の前の良い香りと食欲に負けて、食事を平らげてしまった。
「いい食べっぷりだったわ! はい、食後のお茶とデザートをどうぞ」
夫人がそう言って僕の目の前に置いたのは、お茶と羊羹だ。
僕はそれらもすべてきれいに食べ終えると、ようやく本題に入ろうとカバンに手をかける。
その時、夫人が何かを持ってきた。
一枚の紙だ。
「はい」
夫人が渡してきた紙を僕は無意識のうちに受け取った。
中身を読んでも一瞬、何のことだかわからなかった。
しかし、じっくりと目を通して冷や汗が出る。
なんと、来た時から出されたお茶とカステラ、さらには天ぷらとご飯、味噌汁、漬物、最後のお茶と羊羹。
それらすべては有料だというのだ。
しかも、高級料亭並みの値段。
「あの、これって」
僕がそう言うと、夫人はにっこり笑った。
「タダ、だなんて言ってないわよ」
「でも僕は」
「払えないっていうの?」
夫人はそこまで言うと、チラリと背後を見る。
するとガチャと音がしてキッチンのほうから人がやってくる。
ガタイの良い若い男性だった。
「あら、ちょうどよかったわ。この人、お金払えないっていうのよ」
「お袋、俺に任せろ」
男性は手をボキボキ鳴らして近づいてくる。
「払います、払います!」
僕はそう言うと、財布からお金を抜き取り、逃げるようにして家を出た。
最初からステッカーで忠告してくれていたのか。
セールスお断り、と。
(了)