第18回「小説でもどうぞ」佳作 真実抽出器/あやこあにぃ
第18回結果発表
課 題
噂
※応募数273編
「真実抽出器」
あやこあにぃ
あやこあにぃ
「真実抽出器」を手に入れた。なにそれって思うだろう? 正直、僕もそう思う。
近所の怪しげな骨董屋でそいつを買ったのは、つい数日前のこと。なんで普段だったら素通りするような店にふらっと入ってみたかと言うと、彼女の浮気の噂を聞いたからだ。
僕と彼女は社内恋愛中で、いちおう公認の仲なのだが、
「ナミさん、二股してんじゃね?」
先日の飲み会で、おせっかいな同僚が急にそんなことを言い出したのがきっかけだ。
「俺、見ちゃったんだよね……隣の部署の菊本さんと彼女が街で会ってるの」
すると信じられないことに、その場にいた数人が、俺も俺もと、似たような現場を目撃したと言うのだ。
菊本さんというのは、最近転職してきた営業マンだ。前職は某有名アパレルブランドで働いていたというだけに、清潔感があってオシャレで、僕なんか絶対に敵わない。敵わない、けど……。
失礼な言い方をすると、ナミはどちらかといえば地味なほうで、本人いわく僕が初めての彼氏だそうだ。別段ケンカをした覚えもないし、同棲生活はうまくいっていると思っていたから、浮気なんて到底考えられない。
とても気になった。どうにかして真相を突き止めなければ。そう思っていた矢先に見つけたのが、「真実抽出器」だったのだ。
「入れた言葉のサンプルの中から、真実をイメージするものが抽出されます」
骨董屋の店主は大真面目に言って実演してくれた。
緑色の液体が入った小瓶に、試しに「雲は緑色」「雲は白色」と囁きかけ、蓋を閉めてよく振る。その液体をコーヒーのドリッパーのような漏斗型の器具に流し込み、漏斗の下にコップを置いてしばらく待つと、やがて小さなもやがコップに溜まった。僕は息を呑んだ。つまり白い雲が抽出されたのか。これは使えるぞ。
抽出器を買って数日後、意を決して試してみた。百貨店でデートしているのを見た。カフェでお茶をしていた。同僚たちに聞いた噂を全て吹き込み、しばし待つ。
「んん?」
五分後、僕は思わず唸りながら、漏斗の下からガラスのコップを引き出した。目の高さまで持ち上げて、そいつを見つめる……。
「なにしてるの?」
突然背後から声を掛けられて飛び上がった。ナミだった。なんだ、今日は帰りが遅いんじゃなかったのか。
「なにそれ。なんの花?」
不思議そうに彼女は顔を近づけた。
そう。抽出されたのは、一輪の花だった。茎も付いておらず、花の頭だけがコロンとコップの中で香り立っている。
僕は混乱のあまり、思わず単刀直入に聞いてしまった。
「あのさ。きみ、浮気……してるよね?」
「はっ?」
ナミが、眉根を寄せて目を丸くする。
「な、なに? どういうこと?」
そのどもり具合が真実を物語っている気がして、僕はコップをテーブルの上に戻し、両手の拳を膝の上に置いた。
なぜ花なのか。噂の中に花に関するものがあったかどうか、思いを巡らせつつ、
「聞いたんだ、同じ部署のやつに。きみが街で会ってるって。……菊本さんと」
その名前を口に出した瞬間、僕は気づいてしまう。あぁ、そうか。
「そんな、私は。浮気なんかじゃ」
「これ、真実抽出器なんだ。出てきたのはこの花。そして菊本さんの苗字には、花の名前が入ってる……」
ばかばかしい。自分でもそう思うけど、そもそもバカみたいな器具を使っているのだ。
ナミの瞳が揺れる。黙って唇を噛み、しばらくして、観念したように口を開いた。
「菊本さんとは、何回か会ってたよ。でもそれだけ。相談に乗ってもらってたの……これを買うために」
そう言って突然、僕に紙袋を押し付けた。
「私よりも、同僚や変な器械を信じるんだね」
呟くや否や、家を出て行ってしまう。
どういうことだ? 恐る恐る紙袋の中を覗いてみた僕は、ぽかんと口を開けた。
中に入っていたのは、ブランドもののマフラーだった。と同時に、今週末が記念日だということを思い出す。
どういうことだよ、じゃあこの花は? 葉っぱもなにもついてない、一輪だけの……。
「あっ」
閃いた瞬間、僕は家を飛び出して彼女の背中を追った。なんてことだ。花はその身を持って証明していたのだ。つまり、ナミが浮気をしているなんて噂は全部、根も葉もない——。
(了)