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第5回W選考委員版「小説でもどうぞ」佳作 コンビニの前で/樹村あさひ

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作文・エッセイ
小説でもどうぞ
結果発表
第5回結果発表
課 題

魔法

※応募数250編
「コンビニの前で」
樹村あさひ

 奴はいつものコンビニにいた。放課後はたいてい店前の車止めに気怠く座ってスマホをいじっている。どうせゲームかSNSだろう。ワンパターンだが今日は好都合だ。僕は奴に気付かれないよう注意しながら駐車している車の陰に隠れ、スマホのカメラを奴に向けた。

 僕は同級生のウエムラを憎んでいた。高校に入ってすぐ、学校近くのコンビニに寄ったとき、そこにいた奴の方から話しかけてきた。
「おい、お前同じクラスだよな。ちょっと金貸してくんない? 腹減っちゃってさ」
 まだ友達ができていなかった僕は話しかけられたことが嬉しくて、安易に貸してしまった。軽くマンガの話なんかもして楽しかったのだが、これが始まりだった。ジュース代、カラオケ代と事あるごとに奴は金を借りに来た。決して威圧的な態度はとらず、お願い口調で、頼むよ、などと僕を拝んでくる。その都度、いつ返してくれるか聞くのだが、来週返すよとへらへら笑いながら適当なことをいってくる。毎回だ。金を借りるということは後で返すということであり、これはカツアゲじゃないんだぜと奴は言った。悪知恵の働く野郎だ。これでは先生に訴えても無駄だ。
「ウエムラ、今まで貸した金を全額返せ。三日待ってやる」
 意を決して奴に宣告した。わかったよ、そんなマジになるなよと言ってきたが、僕は無表情のまま睨みつけてやった。
 今日がその三日目だ。奴は普段通り登校してきたが、休み時間のたびに教室から消え、そして夕方のホームルームが終わると逃げるように教室から出ていった。
 僕は奴に罰を与えると決めていた。どうせ金を返す気はないと分かっていたからだ。友人はなく腕力もない僕だが、そんなの大した問題じゃない。罰を与える方法など、今の時代ならネットにいくらでもある。
 この三日間で僕は仕返しサイトというのを見つけていた。そのサイトにはいくつかのコースがあり、かなり過激で高価格なものもあったが、僕は「適度な罰を与えたい」というのを選んだ。適度がどの程度かは人それぞれだが、そこにはこんな説明があった。
「これは相手にかゆみを与える呪文です」
「あなたの憎しみの強さに応じて効果や持続時間が変わります」
 痒みか……丁度いい。かえって殴る蹴るよりもキツイかもな。せいぜい数日は夜も眠れないようにしてやる。
 そうして僕は購入アイコンをタップした。五百円とは絶妙な価格設定だ。ワンコインで憂さを晴らせるのだ。購入アイコンの下に小さい字で解除方法はコチラという一文があった。なんだ解除できるのかと、これには少しがっかりしたが、まあいいだろう。
 スマホの画面にやり方とカメラのアイコンが表示された。このアイコンをタップしてスマホのカメラを対象者に向けると、画面に呪文が浮かび上がってくるようだ。あとは相手に聞こえるように呪文を唱えればいい。ありったけの憎しみを込めて。

 そうして僕はウエムラに向けてスマホを構えた。奴の全身が映るように微調整をする。すると次第に画面の端に呪文が浮かび上がってきた。たいして長くない呪文だ。これなら噛まずに詠唱できるだろう。ウエムラめ、思い知るがいい。
 いざ呪文を唱えようとしたそのときだった。突然、僕の後ろから呪文のような声が聞こえてきた。何だ……。振り返ると僕のすぐ後ろに誰かが立っていた。手にスマホを持っている。
「おまえは……ケンジ!」
 ケンジは同じ団地に住んでいる小学生だ。そういえばこの前、団地の階段下に邪魔くさく停めてあったケンジの自転車を蹴っ飛ばしたことがあった。見られていたのか……。
 急に全身を虫が這っているような感覚が襲ってきた。
「うあっ」
 その猛烈な痒みと気持ち悪さに僕は地面に倒れこんだ。スマホが手からこぼれ落ちて地面に転がった。ケンジはニヤニヤしながら僕を見下ろしていた。やがて、ざまあみろと吐き捨てて走り去った。こんな恨みを買うようなことだったかと思っても、もう遅い。
 全身の痒みにさいなまれながら、僕は解除方法があったことを思い出した。なんとか落としていたスマホを拾い上げる。指が震えてうまくタップ出来ない。必死の思いで解除方法の画面を開いたとき、その内容に僕は愕然とした。
 画面にはおびただしい数の呪文が羅列されていた。それぞれの呪文の一部が微妙に違っている……! カレーとカレイ、マリナンとマリナムとか。
 それぞれの呪文の末尾に解除方法のアイコンが付いていた。画面の最上部には「あなたが掛けられた呪文はどれですか」と、一つ五千円の文字があった。何だと……。そんな一度聞いただけの呪文、正確に覚えているわけないじゃないか!
 痒みに震えながら顔を上げると、コンビニ入り口の電柱の下でケンジが悶えているのが見えた。そばにスマホを持った子供が冷ややかな顔でケンジを見ていた。ケンジは泣きながら全身を掻きむしっていた。
 僕は悔しくて泣きそうだった。
 ウエムラは変わらずスマホを見ながらケラケラ笑っていた。
(了)