第7回W選考委員版「小説でもどうぞ」選外佳作 神の声 蒼井葵
第7回結果発表
課 題
神さま
※応募数293編
選外佳作
神の声 蒼井葵
神の声 蒼井葵
神を見たのは、しょん便臭い路地裏だった。
神は広げたダンボールに座り、居酒屋の壁に寄りかかって寝ていた。ダンボールには「私は神だ」と下手くそな字で書いてある。いつもなら通り過ぎるところだが、自称「神」のジョークが気に入った。貧しい生活を楽しんでいるように見える。
俺は千円札を一枚、ダンボールの上に置いた。神が目を開く。
「礼なんて要らないよ」
俺はそう言って、すぐに立ち去ろうとした。すると、
「千円足らん」
神はそう言うと、ダンボールを指さした。よく見ると、『神の声 一回 二千円』と書いてある。
「神の声?」
「二千円で一回、神の声が聞ける。安いもんだ。無理には勧めんよ」
神はダンボールに置いた千円札を掴むと「持って帰れ」と突き出した。
俺はその手に、更に一枚、千円札を握らせた。神は軽く頷くと札を懐に仕舞い、また眠りはじめた。
見るからにホームレスだ。だが何か神々しい近寄りがたい雰囲気を漂わせている。
「まさか」
私は神だなんて、偉そうなホームレスだった。しかし、この俺が人助けだなんて似合わないことをした、などと考えていると頭の中で呟くような声が聞こえはじめた。声は、だんだん明瞭になりハッキリ聞き取れた時、目の前に宝くじ売場が見えた。
「まさか……?」
抽せん日。聞き取った四ケタの数字はみごとに的中した。当選金は百万円。ホームレスは、本当に神様だった。俺は路地裏に走った。神は前と同じ場所で寝ていた。
「あんた、凄いよ。やっぱり本物の神様だったんだ。最初からそうじゃないかと思っていたんだ。なっ、もう一回頼むよ」
俺は千円札を二枚、ダンボールに置いた。
「足らん」
神はそう言うとダンボールを指さした。よく見ると『一回 二千円』が『一回 百万円』と書き直してある。
「おっおい、神様のクセに足元見るのか」
神は札を掴むと手を突き出した。
「嫌なら止めろ」
「わ、わかったよ。ちょっと時間をくれ。まだ当選金も貰ってないんだ。なぁ……現金じゃなきゃダメか? カードとか?」
「……」
俺は神から二千円をひったくった。
俺は百万円を手に神の前に戻った。
「おい、お前は神様なんだから嘘はつかないだろうな。この金で絶対に声が聞こえるんだろうな」
「無理には勧めん」
「欺したら警察に通報するぞ」
「嫌なら帰れ」
俺は百万をダンボールに置いた。神は軽く頷くと、札束を掴む。
「礼ぐらい言えよ」
神は、掴んだ札束を突き出した。
俺はその場を立ち去った。
落ち着け。神様を信じるんだ。神の声は必ず聞こえる。宝くじ売場へ行こう。
いや、的中しても百万が戻るだけだ。
七個の数字を当てれば十億円っていうのがあったはずだ。
そんなに都合良く、七個の数字を教えてくれるのか?
今回は百万払ってるんだ。神様なんだからそれくらいサービスしてくれるさ。
そうかな、そんなに人が良さそうには見えなかったが。
そりゃそうさ。人じゃない、神様だ。
もっと確実に儲かるものはないのか。競馬や競輪はどうだ? よく考えろ。
あれかこれか、と考えがまとまらないまま歩き回っていた俺は、見知らぬ場所に来ていた。頭の中で呟くような声が聞こえはじめる。声は、だんだん明瞭になる。ハッキリと聞き取れた時、目の前には駄菓子屋があった。
「まさか!」
俺は駄菓子屋でアイスキャンディーを買った。久しぶりのアイスキャンディーは涙が出るほどうまかった。
子供の頃の記憶が蘇る。手元に残ったアイススティックを見つめる。数え切れないほど食べたけれど、こんなことは今まで一度もなかった。
やっぱり、あんたは本物の神様だった。
俺はスティックを持って、駄菓子屋へ戻った。スティックには『一本当たり』の焼き印が押されていた。
(了)