第29回「小説でもどうぞ」佳作 クレーム処理 山田万博
第29回結果発表
課 題
癖
※応募数288編
クレーム処理
山田万博
山田万博
デスク上の表示灯アラートがあちこちで点滅し、次々に着信を知らせた。
「このたびは誠に申し訳ありませんでした」
ほとんどのスタッフが同じ謝罪の言葉を繰り返していた。スーパーバイザーの東山はいぶかしげにその様子を窺っていた。昨日からクレームが鳴り止まないのだ。お客様対応窓口の日ごとのコール数はほぼ安定している。が、今回は違った。特定の会社の製品でこれだけのクレームが集中することは稀だった。
――何かあるな、これは。長年の経験から予感を抱いた東山は、早速委託会社の担当に連絡を入れた。
事情を聞いた株式会社キングスの経営企画室の中条はすぐに上司に事の始終を説明し、指示を仰いだ。
「急ぎ役員会を開催したい。製造部門の責任者と法務部もな、すぐにだっ」
三時間後に役員室に集まったのは総勢十二名、急遽呼ばれて戸惑いをあらわにする者、緊張感を帯びた者、中には就寝中だった者もいた。無理もない、今は深夜の二時なのだ。
「顧客対応を委託するコンタクトセンターから連絡がありました。昨日、いやもう一昨日になりますが、我が社の製品へのクレームが続出しているようです」
経営企画室長が概略を説明し切らないうちに、集まったメンバーが口々に発言し始めた。
「我が社は創業六十年になるが、クレームなど初めてだぞ」
「七年ほど前に製造物責任法が厳格になって以来、社内体制を整えて製造部門も法務部門も強化したはずだが……」
騒ぎを制するように筆頭役員の坂本副社長が重い口を開いた。
「今日は状況説明に留め、次回の役員会で原因究明と再発防止策を検討したい。受託会社は妙なことを言ってきた。クレームは男性ばかり、しかも五十代以上がほとんどらしい。咽頭の異変を訴えているようだ」
三日後、二回目の役員会が招集された。最初に口火を切ったのは製造部門を任される執行役員の岩崎だった。
「クレームが増えた日時から逆算して全製品の出荷記録や、検品データ、原材料や管理記録など洗いざらい調査しました」
坂本副社長が答えを急かした。岩崎は頭を
「それがどこにも落ち度は見つかりませんでした」
「なんだと」
「私も何かあるに違いないとかなり突っ込んで調べました。二重チェックも」
「それで何も出なかったのか」
「はいっ」
ここで法務部門の責任者である太田部長が口をはさんだ。
「ご承知のとおり、製造物責任は製造者の無過失責任ですから追及はほぼ免れません」
「この製品は製造を手がけて既に五十年にもなる。技術的にも確立し、品質も安定しているはずだが……」
坂本副社長がため息交じりに言った。すると、岩崎が何か思いついたように切り出した。
「思い当たることが一つだけあります。一週間前にコーティング剤を交換しています。従来品より寿命が長く安価なものに」
「それは調べたんだろうな」
坂本副社長が釘を刺した。
「それが……、直近だったため従来品だけの調査で……」
「すぐに追加調査してくれっ」
翌日再招集された役員会では、コーティング剤の揮発性が確認されたと報告された。常温では問題がなく、無害ではあるが、人肌に近い温度帯で発生することも分かった。
製造物責任訴訟対策もあるため、時間をかけたサンプルテストでエビデンス採取が行われた。そして後日、最終報告がなされた。
製造部の岩崎が神妙な顔で口を開いた。
「七十代のサンプル複数例からあることが判明しました」
「おおっ、分かったか」
役員が一堂にざわつき始めた。
「いえ、分かったというより腹落ちしたといいますか……」
「訴訟は避けられないのかっ…」
役員の一人が悲壮感漂う声をあげた。岩崎は少し口ごもっていたが、意を決して言った。
「癖です」
「癖??」
「はい、癖です、習性とも」
「癖がどうしたんだ、いったい」
「我が社が世界シェア一位を誇るつまようじは、誰もが使用時にシィーシィー、チッチッします」
「みんなシィーシィー、チッチッするだろっ」
「その吸い込みがどうも原因のようです」
(了)