恋の短歌キット1:初めての短歌を詠むあなたに
はじめて短歌を詠むあなたに
短歌を読んだことや見かけたことはあっても、自分で詠んだことはないあなたへ贈る恋の短歌キット。まずはさまざまな恋を歌った4首を紹介。
たとへば君 ガサッと落葉すくふやうに私をさらつて行つてはくれぬか
河野裕子『森のやうに獣のやうに』
こんなに力強い歌はなかなかない。特徴は出だしが6音であること。五七五七七の定型を破り、わざと字余りにしたことで勢いが生まれている。一度読んだら忘れられない。
生徒の名あまた呼びたるいちにちを終りて闇に妻の名を呼ぶ
大松達知『フリカティブ』
「先生にも家庭がある」と言われても「そりゃそうだ」としか思わないが、こうやって歌になると途端にリアリティーをもって迫ってくる。
31音の外の世界を想像してしまう。
焼き肉とグラタンが好きという少女よ私はあなたのお父さんが好き
俵万智『チョコレート革命』
ちょっとびっくりしてしまう歌。現実世界では後ろめたい恋かもしれないが、短歌世界ではその強い思いが人を惹きつける。ぜひ声に出して味わってほしい。
IKEAへとあなたと入る瞬間に微笑みながら消滅したい
谷川電話『恋人不死身説』
恋人と家具を見るのは一種の特別感がある。共感できる人も多い歌だろう。面白い点は、消滅したいのが「入る瞬間」なこと。主体にとっていちばん幸せなのはそこなのだ。
恋を詠むとは心の淵に立つこと
奈良時代から恋は数多く詠まれてきた。百人一首は、そのうち43首が恋の歌だ。短歌は一人称の文学といわれており、基本的にはいつも「自分」を主題にする。そのため、自分の人生の主要なドラマである「恋」が多く詠まれているのかもしれない。短歌と恋は切り離せない関係なのだ。
上記の4首はどれも恋愛に関する歌だが、詠まれている内容はバラバラだ。恋人との幸せ、妻との日常、不倫の情熱、それらがもしただの日記のような文章であれば、これほど強烈なインパクトは持てない。短歌の形だからこそ輝くのだ。
今回の短歌キットも、「恋」の歌に限定した。恋をして相手から受け取ったものや自分の心の動きをよく観察することができれば、おのずと良い歌になる。ただし、上記の歌のような破調や句またがりは諸も刃の剣。初心者は定型を守るのが得策だ。
逆に言えば、それさえ守れば十分ということである。楽しみながら作ってほしい。
短歌作成3STEP
場面を想像しよう
まずステップ1では、短歌にしたい場面を考える。空想でもかまわないが、鮮明に思い描けるほうがよいので、実体験をベースにすると取り組みやすいだろう。恥ずかしい人は、主体の性別を変えるなどフィクション性を高めよう。
どんな場面を選べばいいかわからないという人も多いが、プロポーズのような印象の強い場面である必要はない。日常のさりげない、でも自分だけは覚えていることを詠むと素敵な歌になる。
具体的に想像しよう
短歌は31音しかないため具体性が重要。たとえば「君がくれた花」よりも「君がくれたバラ」のほうが状況や気持ちがわかりやすいはずだ。
一瞬をとらえよう
長い時間を詠もうとすると内容が曖昧になる。心が揺れた一瞬を思い出そう。色や匂いなどの五感を使って一瞬を膨らませられるとよい。
言葉を抜き出そう
ステップ2では、ステップ1で考えた場面を頭の中で写真や動画のように想像して、関連する言葉やフレーズをあげていく。時間や場所、持ち物、風景、そのときの気持ちなどを単語で書いていこう。
オノマトペやフレーズも思いつく人はあげておくといい。
書いていくうちに「この言葉が重要だな」とわかるはず。この作業をしながら、自分が歌にしたいものの輪郭がなんとなく見えてくるとなおよい。
31音にしよう
ステップ3は最後の工程。ステップ2で書いた単語を五七五七七の型にはめていけば短歌の完成だ。
短歌は古い言葉で書かれたりと、文学的な知識が必要なイメージがあるかもしれないが、普段書いたり話したりしている言葉で素直に詠めばいい。
ただし、短歌は読み手に伝える必要がある。伝えたい気持ちを明確にして、五七五七七の定型におさまるように工夫しよう。
伝えたいことを絞る
伝えたいことは1つだけにしよう。一瞬の中の、さらに1つに絞れるとそれだけでよい歌になる。たとえばプロポーズなら、自分が詠みたいのは指輪のことなのか表情のことなのかを考えよう。
心地よいリズムにする
リズムのよさはとても重要だ。声に出しながら確認して、心地よいリズムの言葉を探そう。特に初心者は五七五七七の31音を守るようにして、字余りや字足らずは避けよう。
ただ、いきなり31音にするのもなかなか難しいので、ここでは4つの手順で作っていく。ちなみにスタンダードな作り方というものはなく、ほかにもいろいろな方法がある。
- いちばん伝えたい気持ちを考える 例:桜の写真を撮ってばかりの彼女にこっちを向いてほしかったな
- 1を下し もの句(七七)にする 例:「こっちを向いてと言えばよかった」だと8音になるから、「こっちを見てと」にしよう
- そのときの状況を上か みの句(五七五)にする 例:わかりやすさを考えると、「お花見で写真を撮っている君に」かな
- ❷と❸をくっつけて完成! 例:お花見で写真を撮っている君にこっちを見てと言えばよかった
※本記事は「公募ガイド2020年10月号」の記事を再掲載したものです。