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第8回W選考委員版「小説でもどうぞ」佳作 ミチコの最適解 田中ダイ

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作文・エッセイ
小説でもどうぞ
結果発表
第8回結果発表
課 題

悩み

※応募数323編
 ミチコの最適解 
田中ダイ

 先月の売上報告書を二度見して、私はオーマイガー!と叫んでしまった。これでは来月ここのテナント代が払えない。
『タロット占いミチコ』はほんの二坪だが、私の大切な店だ。駅ビル五階、婦人服売り場の一画でひっそりと営業している。
 薄暗い真鍮しんちゅうのランプと、カードを置いたテーブル。焚きこめた香木が、今日一日誰も来なかった店内で強く鼻を刺激した。
「ねえ、今どきの悩める人たちはいったいどこに相談するのよ?」
「は? なによ急にママってば」
 帰宅した私の声に、大学生の娘がスマホを片手に振りむいた。
「ここ最近、お客さんが激減なのよ。占いはきちんとやってるっていうのに」
「ふーん、困ったね」
 娘はそう言って、またスマホに目を落とす。のんきなものだ。母子家庭の我が家の一大事だというのに。
「もしかして、ママの商売敵はあれじゃない? 最近よく聞くじゃん、AIって」
 期待してなかったのに娘から返事がきた。
「ああ、AI?」
「ママ、全然わかってないでしょ。人工知能だよ。ほら何か言って。悩んでること」
 もちろん悩みは経営のことだけど、ストレートには言いたくない。
「そうね、最近目が疲れやすいの」
 はいはい、と娘は相談事と私の基本データをスマホに打ち込む。そしてはいどうぞ、と画面をこちらに向けた。
「こちらはAIおなやみサイトです」
 人工的だが、なめらかな音声が流れだす。
「あなたは、おしごとで、じょうしゅうてきに、めを、こくししているようですね。ゆうがたいこうは、しょうめいが、くらいのかもしれません。てきぎ、きゅうけいをとりながら、むりをなさらぬよう、ごじあいください」
 驚いた。ニュアンスは違っても、私が占いで言うことと、そう変わらない。
 タロットでは、たとえ相手が絶望的なカードを選んでも、性格や仕事に合わせて、最後は希望がもてる言葉をかける。悩みが少しでも軽くなるように心を砕くのだ。
「すごいよね、AIって。簡単にどんな悩みも解決しちゃうなんて」
 解決したかは疑問だが、確かに的確で早い。人々がこっちに流れるのも、悔しいが納得だ。
 これじゃ私が熱心に占いをしても、太刀打ちできる気がしない。考えているうちに、頭がくらくらとしてきた。
「情けないわ。占い師なのに、自分のこともわからないなんて。でも大事なお客さんもいるし、この仕事もやっぱり好きなの。だけど、どうしたらいいのかわからない。今更転職なんて考えられない――」
 そう言い放ったあと記憶が途切れた。その晩から私は、熱を出して寝込んでしまったのだ。一週間後、ようやく起き上がった私を見て娘が言った。
「ママ、ひどい顔。美容院でも行きなよ」
 それもそうねと出かけた先で、私はすぐに睡魔に襲われた。やがて揺り起こされて目を開けた私は、ひーっと絶叫した。鏡の中に、金髪のパンチパーマの私がいたのだ。
「ママ、似合うじゃん。黒髪より絶対いい」
 いつ来たのか、娘が私を迎えにきていた。
 そのままの勢いで連れていかれたのは、なぜか駅ビル一階の食品売り場だった。らっしゃい、と威勢のいい声が飛び交い、お惣菜のいい匂いが漂っている。
 まさか……私はあんぐりと口を開けて硬直した。テイクアウトの串カツ屋の隣に、見覚えのあるタロット占いミチコの看板が。中を覗くと今までの半分の広さしかなく、信じられないほど明るく飾りつけられている。
「わけわかんないんだけど」
 やっとの思いで、私は声を出した。
「ママの悩み、解決したくてね」
 大真面目な顔で娘が答える。
「ママが倒れて、まじでやばいってわかったの。でね、次の日から私がお店に行って、来てくれたお客さん一人一人にいろいろ聞いたの。要望とか改善点とか。そしたらみんな面白がっちゃって。五階じゃ遠くて行きづらいから、一階の食品売り場なら都合がいいんだって。あと、店内は狭くても平気だけど、明るい方がカードがよく見えて嬉しいって。それからここは食品売り場だから、きつい香木は遠慮してね。で、みんなママには気さくで元気な感じでいてほしいんだって。それで金髪になってもらったの。どう? これこそAIに負けない、生のデータ、本物の実践アドバイスでしょ。ママ、頑張ってね」
 娘はやり切った表情で、晴れ晴れと言った。
 正直なところ、私の悩みはまだなにも解決していない。だけどなんだか久しぶりに、私はお腹の底からガハハハッと、大きな声で笑ってみたくなったのだった。
(了)