第8回W選考委員版「小説でもどうぞ」発表 高橋源一郎&中村文則 公開選考会
選考会では両先生が交互に感想を言い合い、採点しています。作品の内容にも触れていますので、ネタ割れを避けたい方は下記のリンクで事前に作品をお読みください。
1981年『さようなら、ギャングたち』でデビュー。すばる文学賞、日本ファンタジーノベル大賞、文藝賞などの選考委員を歴任。
1977年、愛知県生まれ。05『土の中の子供』で芥川賞を受賞など。ほか、『掏摸〈スリ〉』『教団X』など著書多数。
感動的な話に
回収していった是非
結末が弱い
高橋ギャンブル依存性を解決するために競馬場の中にある施設でカウンセリングを受けていると、一レース目で大穴を的中させてしまう。そのあと、二レース目を予想すると、カウンセラーたちはカウンセリングするどころか、馬券を買いに行ってしまうというユーモアあふれる話です。
悩みと言えば悩みですが、テーマの「悩み」をどの程度使っているかがポイントになります。面白い話ではあるんですが、ただの面白い話で終わっているかなと。
でも、最初評価が低かったんですが、だんだん面白い話に思えてきました。あと、やっぱり久しぶりに手書き原稿を見てよかったということで(笑)、評価は△です。
中村長編なら専門用語はわかるように書いた方がいいですが、この長さなら、玄人のマニアックで恐ろしげな世界を見ているようでアリだと思います。つくり自体、このままプロのショートショートの作品にあってもおかしくないクオリティーです。
治すほうも実は競馬好きというフォーマットはわかりやすいですが、でも、こういうものをきちんと作るのは難しいし、それができていらっしゃる。
一つ気になったのは、冒頭の「鰯雲」。読めないし意味ありげなので、冒頭で引っかかってしまう。意味をつけるなら、雲が速く流れている、みたいに書いて、競馬を示唆するようにすればよかったなとは思いますが、僕は〇ですね。
中村友人からいわくつきの物件を百万円で譲ってもらう。どういういわくかというと、原因不明の痛みが発生するという。近くの保育園で保育士が「いたいの、いたいの飛んでゆけー」と言うと、不思議な小さいおっさんがそれをキャッチして飛ばす係をやっていて、それが飛んできて痛みになるという話です。
まずタイトルがいいですね。設定も面白い。飛距離を伸ばそうとハンマー投げの選手の動画を見ながら、投げたあとに吠えてみたらどうだろうというのも面白い。
ただ、おっさんの江戸っ子みたいな口癖がうつったという終わりは弱いかなと感じます。僕は△です。
高橋
高橋「金のオノ銀のオノ」のバリエーションですが、何を落としたかわからないというところが面白い。女神に何を落としたのかと聞かれ、間違えたら地獄行きだと言われます。それで「金のオノがもらえるなら死んでもいい」と答えると、それが正解。落としたのは命だったと。最後には孫に救出されて生き返りますが、そうすると命を落としたことがウソになって地獄行きだから、オノをあきらめ、孫たちとの生活を選びます。
いい話になりすぎたかな。ひねった話だったのに、感動的な話に回収していったのはどうか。とぼけた感じを最後までもってほしかったというのがあって△です。
中村孫たちが帰らない祖父を心配して捜しにきたところで終わっていれば、善と悲しみが余韻として広がるんですが、いい話になりすぎてしまった印象です。でも、落としたのが命というのは意外で面白い。△です。
価値判断が逆転
その機微がいい
いいのか悪いのか
中村行商人は悩みを食べるベクという動物を連れている。村人たちは悩みを食べてもらいますが、いざ悩みがなくなると人生に張り合いがなくなってしまい、悩みがないのが悩みになる。また行商人に頼みますが「ないものは食べられない」から助けてくれない。村人たちは悩みがないよりはましだから、またいろいろ悩み始める、という話。
まず、ベクがどんな動物かわかりません。「
でも、名前を外国風にして異国の不思議な空気を出すのは作品に合ってますし、悩みはあってもいいかも、と思えて日常に活きる話で、そこはいいですね。△です。
高橋ベクの描写は全くないですね。どんな動物なのか全くわからないのがいいっていう考え方もあるんだけど、でも、それだったら逆に描写のなさを印象づけるような何かがあるとかね。
ないものは食べられないというのは言葉オチだよね。悩みがないという悩みも食べられると思う。お話としては面白いですが、もう一つ何かあると面白かったですね。すごく惜しいなと思います。評価は△です。
高橋これは面白かったですね。麻美の彼氏は雨が降りそうな曇った日にしか来ない。もしかしたら既婚者なのではないかと思い、ついに決心して聞くわけですね。すると彼氏は幽霊で、成仏するために
短さがいい。いろいろ膨らませるとこういう話はもたないんです。素っ気なくかつ温かい感じも好きです。悩みは簡単に解決しますが、それも含めて、このあっさり感が好き。△プラスです。
中村「僕、幽霊なんだ」などの言葉はちょっと漫画風なので、あくまで一例ですが「僕……、何ていうか、実は死んでるんだよね」みたいに書くと、リアルさは増すかもしれないです。テンポは変わってしまいますが。
神社の巫女さんだと、成仏ではなくお
はたから見ている人を主人公にして、尼さんと下男の生活を描き、実はあの二人は……とする書き方もありますね。仏教の成仏と情念が、この短さでパッと出るような。評価は△です。
中村主人公はいつも行く食堂でそばかカツカレーか悩む。片方を選ぶとそれは不正解だったのでは、あっちが正解だったのではと思う。今回はそばを頼みますが、やはりカツカレーにしたかった、自分はいつもこうだと思う。
そのとき、隣でカツカレーを食べていた人が小皿に取り分けてくれる。それを食べたら、そばでよかったのではと思い返す。自分は不正解ばかり選んでいると思ったけど、正解だったのではと。人生で二つの道は選べないけど、料理なら、誰かが取り分けてくれたら可能。人の善意で人生を知る。日常にも活きて、よかったです。評価は〇マイナスです。
高橋最後の〈私は今までもほんとうは「正解」のほうを選んでいたのかもしれない。〉というのがいいですね。それまでは不正解かもしれないというネガティブな発想だったのが、隣の青年の厚意を受け取ることで価値判断が逆転します。その辺の機微みたいなものが、今回の作品の中では一番いいオチで、終始温かい感じを受けました。評価は△プラスです。
かなわない
全人類的な悩み
いい話というだけでは
高橋主人公は八十歳過ぎ。線路に落ちた婦人を助けたが、自分が立ち上がれなくなる。もうだめだと思ったとき、白杖が差し出され、あれは亡くなった妻が差し出してくれたんだと確信して終わります。いい話ですが、いい話というだけかな。評価は△マイナスです。
中村差し出される白杖のエピソードが欲しいです。もしくは、たとえばバッグのヒモが差し出されて、昔それで喧嘩したことがあって、天国から「あんた、あれ、つかんでるじゃん」と言われるとか。そうすると、この夫婦の関係性がもっと見えてくるかもしれないです。
でも、老いによる痛みがあるのはリアルで、仲のよかった二人に思いも馳せられるので、そういうところはよかった。△です。
中村占い師をやっている母親が今どきの人は悩みをどこに相談するのかと娘に聞くと、AIだと。それで実際に聞いてみたらまともな答えが返ってきて、これでは太刀打ちできないと思う。そこで記憶が飛んで、寝込んだ一週間後、娘に言われて美容院に行ったら金髪のパンチパーマにされ、占いの店の場所も駅ビル一階に変わってる。実は娘がお客さんからリアルな声を聞いていろいろ改善してくれた、というのがオチです。
悩みはまだ解決してないのに笑いたくなる感じっていうのが面白いなと思ったし、困っているのに妙に明るいところが面白かったですが、ちょっと娘が万能すぎるというか、何でもやりすぎているのが強引に感じたので、僕は△です。
高橋主人公がお悩み相談の人なんですよね。悩み相談の人の悩みを解決する話で、ひねっているのはなかなかいい。それと悩み相談の人がもはやAIにかなわないという身につまされる話で、これは全人類的な悩みですよ。
この悩みが何層にも出てくるわけね。娘にも悩みがあるだろうし、母親にもある。それがAIで解決されてしまうという大きい悩みもあるが、最後は何も解決していない。では、どうしたらいいかというと笑うしかない。悩みって解決されないというところにもっていったのは僕は好きだなと思って、これを〇にしました。
高橋この選考会ではゲスト審査員の意向を最重要視しています。中村さんが〇をつけた「相談者の憂鬱」と「しばらくカツカレー」のどちらでも僕は全然文句ありませんが、どちらにしますか。
中村インパクトがあった「相談者の憂鬱」にしたいと思います。
高橋では、これを最優秀賞とします。おめでとうございます。