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第8回W選考委員版「小説でもどうぞ」選外佳作 「推し」の苦悩 白浜釘之

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結果発表
第8回結果発表
課 題

悩み

※応募数323編
選外佳作
 「推し」の苦悩 白浜釘之

 我々の現在の一番の悩みは、我々の推しであるアイドル『さとう朱伽』ちゃんの知名度が低いことだった。
「あれだけ可愛くて歌も上手いというのに世間に知られていないのは納得ができない」
 私の意見に私設ファンクラブの面々も頷く。
「ここは我々が一肌脱ごうではないか」
 私の言葉に再び仲間たちは頷いた。
 そうして我々は、朱伽ちゃんの参加するイベントにカラフルなパンツ一丁で参加して彼女の歌に合わせて踊りつつ声援を送った。
 我々の作戦は功を奏し、いくつかのネット記事では『……中にはパンツ一丁で一糸乱れぬダンスを披露する熱心なファンを持つアイドルも存在し……』などというキャプションとともに彼女の愛らしい姿も掲載された。
 こうして少しずつではあるが新規のファンを獲得していった彼女だったが、また我々の頭を悩ます事態が発生した。
 それは彼女が「特異なファンを持つ一風変わったイロモノアイドル」として認知されつつある、ということだった。
「これはひとえに我々の責任である。これからは彼女に恥をかかせないようちゃんとした格好で応援しよう」
 かくて半裸から一流ブランドのスーツに身を包んで彼女に声援を送る我々は、いくつかのメディアに取材を受けるまでになった。
「かつては彼女の存在を知ってもらうためにわざとパンツ一丁などと珍奇な格好をしていただけです。本来彼女はこのような格好をした常識的な大人に支持されるべきなんです」
 この私の発言がメディアに取り上げられると、さらに彼女に注目が集まり、今流行のカラオケバトルのようなTV番組からオファーを受けるまでになった。そこで好成績を収めた彼女はいくつか似たような番組に呼ばれるようになり、知名度も急速に伸びていった。
 たしかにそれ自体はいいことだったが、本来、彼女は自己表現として歌を歌っており、他人の歌を歌うだけのアイドルとしてちやほやされることは望んでいないのだ。
 しかし、今のご時世にそんなことをSNSで呟こうものなら、「ちょっと顔が売れたからといって生意気だ」と叩かれてしまう。
 そんな彼女の葛藤を間近で見ていた我々は、悩んだ末に彼女に少しの間の休養と、大きな事務所への移籍を提案した。
 デビューまで面倒を見てくれた事務所を離れることに躊躇していた彼女だったが、幸い事務所側でも彼女の可能性を広げるために快く送り出しましょうと承諾してくれた。
 TVでの露出は減ったが、彼女の歌手としての才能を評価してくれた新しい所属先では、彼女に積極的にライブ活動の場を提供したり作曲家のレッスンを受けさせたりと彼女のステップアップに対して協力を惜しまなかった。
 かくして彼女は押しも押されもせぬ国民的アイドルになりつつあった。
 しかしそんな彼女を面白く思わない連中もいた。かつて彼女と同じように期待されながら、ちょっと売れたことを鼻にかけ、慢心してすっかり凋落した中堅歌手たちだ。
 彼らは朱伽ちゃんに対し有形無形の様々な嫌がらせをして彼女を困らせた。 悩んだ彼女はこっそりと我々ファンクラブの古参幹部に相談を持ち掛けてきた。
「同じ事務所の先輩を敵に回すのは得策とはいえない。むしろ味方につけてしまおう」
 そこで朱伽ちゃんは、自分の主催ライブに『尊敬する先輩』として彼らを積極的にゲストに招待することにした。
 この作戦は功を奏し、くすぶっていたかつての人気歌手も彼女の人気に引っ張られるようにして復活したことで事務所主催のイベントも大成功を収めた。そこで彼女は大物プロデューサーの目に留まり、舞台やドラマへと活動の場を広げて一気に誰もが知るスターへと駆け上がっていった。
 最初の頃こそ突然の境遇の変化に戸惑っていた彼女もやがてそうした場に慣れ、我々も心を悩ますことなく彼女を応援していられた。
 そんなある日、彼女の成功を祝して我々は食事会を企画した。ごく初期からのファンである我々の誘いを彼女は喜んで受けてくれた。
 ささやかな食事会を終え、締めの乾杯をしようと立ち上がりかけた彼女がふいによろけたので、近くにいた私が慌てて抱きとめる。
 何気ないその場面を偶然にも写真に収めていた者がいて、さらになぜか有名週刊誌にその写真が掲載され、『さとう朱伽、ファンと熱愛か?』と大きく書き立てられてしまった。
 新たな悩みが増えてしまった。
「……これは参ったなあ」
 我々は週刊誌の記事を前に頭を抱えた。
 しかし、眉間に皴を寄せながらも皆どこか満足そうな顔に見える。私もおそらく彼らと同じ表情をしているのだろう。そう、悩みがあるということは、常に心が満ち足りている状態ということなのだから。
(了)