第8回W選考委員版「小説でもどうぞ」選外佳作 悩みの相談室 酔葉了
第8回結果発表
課 題
悩み
※応募数323編
選外佳作
悩みの相談室 酔葉了
悩みの相談室 酔葉了
「次の方、どうぞ」
ノックをすると、思った以上に優しい女性の声が聞こえた。ホッとした私はドアを静かに開けた。小太りで軽く会釈する老女の顔が覗く。年齢は六十歳くらいか。何だか信用できそうだ。
「こんにちは……」女性は急かすこともなく当たり前のように微笑んだ。私は勧められた椅子に座る。
「こちらは何かでお知りになったのですか?」
「亡くなった妻の姉から教えてもらいました……。妻が亡くなってから、私もずっと塞ぎ込んでいましたから…。たまには悩みでも聞いてもらったら? とこちらを」
「そうでしたか……」女性は軽く頷いた。
ここは近所にある悩みの相談所。気持ちが和らぐとすこぶる評判らしい。
「それですと、お客様は当店のご利用は初めてですね? まず簡単にサービスをご説明させていただきます」
「はい……」
「こちらは三種類のコースをご用意しております。一つは通常コース。二つはすっきりコース。そしてお任せコースの三つになります」
相談所でコース案内とは面白い。
「まず通常コース。こちらはお客様の悩み解決に向けて的確なアドバイスを差し上げるものです」私は頷いた。
「次にすっきりコースですが、こちらはお客様にワンラックアップの解決方法をご提供しています」老女は続けた。「解決するにもお客様のすっきりさが伴う、というコースになります」
「最後のお任せコースとは?」私から聞いた。
「はい。こちらは問題解決まで、すべてお任せいただくというコースです。その分、相当値は張りますが、ご満足いただけるものと自負しております……」
値段を聞いてみると払えない金額ではない。私はそのコースを注文することにした。
「承知しました」老女は優しく微笑んだ。
あらかじめ嘘はつかないという宣誓書を提出してはいる。
「妻を亡くして半年。それ以来、ずっと憂鬱に過ごしております。何もやる気が出ず、自分の存在意義を見失いそうな日々を送っています」
「それは大変でしたね」潤んだ瞳で私の顔を覗き込む。本気で心配してくれている様子に少し胸が熱くなる。他に今の身辺事情などいくつかの質問事項を聞かれた。
「お客様の悩みを、当方が責任を持って解決させていただきます」
私は神妙に頷いた。
それから数日後、妻の姉が重篤という連絡が入った。突然の連絡に私は動転した。あんなに元気だったのに……。俄かには信じられない。
私は言われた病院に向かった。到着し病室に入る。だが、既に義姉の顔には白い布がかぶせられていた。周りで家族や親戚筋が泣いている。「お義姉さん……」その後の言葉が出ない……。
私は控室で一人座っていた。涙が流れる。「落ち着かれましたか?」と、飲み物が目の前に差し出された。例の相談室の老女だ。飲み物を受け取り、乾いた喉を湿らせる。
「よかったですね……」ニコッと微笑んだ。
「何がですか?」老女の場違いな態度に違和感を覚え、私は用心深くその女性を見つめた。
「お客様の悩みを解決したのですよ……」
黙る私に彼女は続けた。
「お客様は保険を掛けて奥様を殺害、大金を手にした。でも、お義姉様がそれに気づいた。お客様はお義姉様を恐れ、その死を願っていた……」
「な、何を馬鹿な!」急な展開に私は動揺する。
「大丈夫ですよ。もう正直になってもよろしいでのは? 私もお客様と同じ殺人犯ですから……」
確かにね……。私は突然、笑いたくなった。心の蓋が一気に外れる。
「その通りだよ! あんた、よくやってくれた。最高だ。本当によくやってくれたよ」
笑いが止まらない。「あんた、俺の本当の悩みがよく分かったな!」唾を飛ばしながら私は叫んだ。突然、体に違和感を覚える。
今度は相談員がニコリと笑った。「実は……」と言葉が続く。「お客様とのご契約の前に、お義姉様よりすっきりお任せコースをお申し込みいただいております。こちらは悩みの解決をしっかりと見届けた上で、あとはこちらにお任せいただくという最高級のコースでございます」
私は体の力が入らず、その場で倒れ込んだ。
「飲み物の中の薬が効いたようね……」
死んだはずの義姉が私の前に仁王立ちしている。そのギラギラした目と相談員の笑顔に私の身がすくんだ。
(了)