第8回W選考委員版「小説でもどうぞ」選外佳作 恐竜の恋 十六夜博士
第8回結果発表
課 題
悩み
※応募数323編
選外佳作
恐竜の恋 十六夜博士
恐竜の恋 十六夜博士
小学校の社会科見学から帰ると、リビングを見渡せるキッチンで夕食の準備をしているママに、「ただいま」と声をかけた。そのままダイニングテーブルにリュックを下ろす。おかえりと応えるママに、リュックから取り出したお弁当箱をカウンター越しに渡そうとすると、ママがビックリしたような顔をした。
「なんか元気ないね。朝、はしゃいでたのに。未来科学館つまらなかったの?」
「ううん、夢のように楽しかった。ほとんどは……」
「ほとんどは?」
科学が大好きな僕は、未来科学館に行く今日の社会科見学を楽しみにしていて、確かに、自分でも恥ずかしくなるほど朝はハイテンションだった。ただ、ママの言うように、今の僕は元気がないに違いない。その原因はわかっている。はぁー、とため息をつくと、僕は今日見た衝撃的な話をママに説明した。
「なるほどね。地球温暖化の現実にショックを受けたってわけね」
「だって、わずか二十年後に、災害だらけになるし、食糧不足で戦争も起きて……。僕がおじいさんの頃を想像したら、もう夢も希望もなくなって……」
「
カチンときた。
「そういう大人が地球をダメにするんだよ! ママは先に死んじゃうから、そんな無責任なことを言うんだ!」
僕は部屋に駆け込んだ。頭がグチャグチャだった。温暖化。無理解なママ。でも、大好きなママに、先に死んじゃうからなんて言ってしまう僕。ママが死ぬことなんて絶対想像したくないのに――。
少しして、ママから夕飯の掛け声があったけど、僕は部屋を出ていく気にならなかった。
部屋に飾ってあるティラノサウルスのフィギュアに目をやると、いつもは勇ましい姿がなんだか悲しげに見える。口を大きく開けて僕に襲いかかるような姿が逆に断末魔の叫びに見えた。温暖化とは逆だけど、絶滅した恐竜もこんな気持ちなんだろうな、と思った。
トン、トン。ノックの後、お姉ちゃんがドア越しに顔を出した。
「少年。なに
十歳も年上で大学生のお姉ちゃんは僕をいつも気にかけてくれた。僕は素直に悩みを打ち明けた。一通り話した後、「このままでは僕もお姉ちゃんも飢え死にが見えてる。いや、僕は戦争に駆り出されて……。お姉ちゃん、今までありがとう」とガックリと頭を下げた。なんだか泣けてくる。
「シンジ、大丈夫。人間を信じるのよ」
僕はお姉ちゃんを見た。さすが、お姉ちゃん。僕を救ってくれそうだ。
「でも、信じられないよ。現にママだって、気にしてないし」
「バカね。いざとなったら、ママはなんだってやるわ。あたしだって」
「そうなの?」
「そう。そういうもの」
「僕には、その気持ちがわからない」
フフッ、と笑うと、お姉ちゃんは、「そういう気持ちがわかる方法を教えてあげようか」と小首を傾げた。
頷く僕に、「恋をしなさい」と目線を天井に移した。ちょっと頬っぺたが色づいてる気がする。その後、お姉ちゃんは彼氏がいること、恋がどんなに素晴らしいかを語った。
「恋をすると、その人を助けたいって思うし、それが結果、人類愛に繋がっていくのよ」
友達の友達はみんな友達という話に近いけど、大丈夫かな。
ひとまず、クラスで仲の良いユキちゃんを頭に浮かべた。ドッジボールをしていて、ユキちゃんが足を挫いて泣き出した時、僕はいても立ってもいられず、ユキちゃんを保健室までおぶっていった。いじめっ子のケンジ達には冷やかされたけど、ユキちゃんの恥ずかしそうな(ありがとう)に僕は誇らしかった。その後、ユキちゃんとはもっと仲が良くなっている。ユキちゃんに何かあったら……、確かに、僕はなんとかするだろう。
「彼氏の話はパパには内緒よ」
えっ⁉ パパって可哀想だな。別のところが気になる。
「さぁ、ご飯食べに行こう」
そう言うと、お姉ちゃんは部屋を出ていった。
なんとかなる――。
よく考えると、あきらめにも、決意にも取れる。さっきは、無責任なあきらめに思えたけど、お姉ちゃんの話を聞いて、恋とか愛があれば決意に変わるのだという気がした。
ティラノサウルスに、(お前、恋しなかったのか?)と心で呟くと、やっぱりいつもより威勢がないように見えた。
(了)