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第8回W選考委員版「小説でもどうぞ」選外佳作 転生したけど 嘉島ふみ市

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作文・エッセイ
小説でもどうぞ
結果発表
第8回結果発表
課 題

悩み

※応募数323編
選外佳作
 転生したけど 嘉島ふみ市

 僕は異世界転生した。
 ブラック企業で社畜として過ごしていた地獄のような日々に別れを告げ、剣と魔法の世界で悩みなんてなく、自由に冒険できると胸踊っていた、あの日から三か月経つ。
 受け付けの机の前に僕を立たせ、冒険者ギルドのドワーフのマスターが、机を叩きながら、厭味ったらしく言ってくる。
「キミ、タナカ君だっけ。困るんだよねー。この程度のゴブリン退治も出来ないようじゃさあ。本当に使えないな。何なら出来るの?言ってみ。ほら」
「すいません」
「すいませんじゃないんだよ。ノルマも全然こなせてないし。言いなよ、貴方は、どんなクエストなら出来るんですかー?」
「いや、あの、この依頼も依頼書にはゴブリン退治ってだけ書いてあったと思うんですけど、行ってみたらゴブリンライダーも出てきて」
「はあ、何、俺が悪いの? 依頼書に、ほら、書いてあるじゃん、ここ。見えませんか、これ」
「で、でも、僕が見た時は、そんなのなかったんですけど」
「うわっ、もしかして俺のせいとか言うつもり? うわ、うわ、うわ。じゃあ、そんな奴にはもう仕事回せないな。いいんだよ。キミなんかに仕事回さなくても。代わりは、いくらでもいるし。聞くよ、これは誰のミスかな?」
「すいません。それは僕の見落としでした」
「はい、頭下げて謝ってきたんで、これはタナカ君の見落とし確定と。全く、ミスを人のせいにするなんて最低だな。回復薬も経費で落ちないからね」
 肩を落としながらテーブルに戻ると、僕とパーティーを組んでいる戦士のサトウ君が苦笑いしつつ、優しく話しかけてきてくれた。
「だいぶ、やられてましたね」
「はい。あのギルドマスターは、そもそも人間が嫌いなんですよね。困ったなあ」
「亜人派閥は閉鎖的だし、繋がりも強いですし」
 突然、向かいに座っていた魔法使いのササキさんが、堰を切ったように泣き出した。
「もう、嫌ーっ。異世界転生って、もっと楽しいもんじゃなかったの。何で現実世界と同じような悩み持たなきゃなんないのよ」
 俺は、ぐっと堪えて口を開く。
「僕たちは異世界転生組なんで、基本ただの人間ですから、今は魔法も使えないし剣も下手で能力的には最下層です。新入社員みたいなもんですよ。しかも、中途採用気味です。だから、出来ることを少しずつやっていきましょう」
「もう、嫌なの。人類種ってだけでパワハラ、ロジハラがひどいし。命がけで戦ったのに労災も下りないし、保険もない。年金もないし、最低賃金さえないし、ノルマきついし。こんなん超ブラックじゃん。私、もう、冒険者辞める。絶対、辞める」
 僕は出来るだけ言葉を選び、ゆっくり口を開いた。
「転職するにも、この世界は基本一族経営なんで、何の商売するにしてもコネないと難しいですよ。冒険者、続けましょうよ」
「私、耐えられない。僧侶のタカハシ君は、元の世界と同じように宿屋に引きこもっちゃって、もう冒険なんかしないって言ってるし。どうしたらいいのよ」
 言葉もないまま三人でうつむく。しばらく無言の時間が過ぎ、僕は、ゆっくり立ち上がった。
「じゃあ、とりあえず、僕、タカハシ君の説得に行ってきます」
「あ、俺も行きましょうか」
 僕は、協力を口にしてくれたサトウ君を制した。
「僕、元の世界でも中間管理職だったんで、慣れてますから。ひたすら頭下げて、お願いしてきます」
「どこの世界に行っても、やることも悩みも、あんまり変わんないもんなんすね」
 サトウ君の言葉に、僕は、ぎこちない笑顔を返すだけしかできなかった。

 禍々まがまがしく豪奢ごうしゃな悪魔の装飾が、両脇に施されている洞窟の入り口に、僕ら四人は立っていた。
 小太りの僧侶のタカハシ君が、しれっと逃げ出そうとしているのを、戦士のサトウ君が引き止めている。ササキさんが、涙声でわめき出した。
「もう、嫌。嫌なの。いつまで、こんな冒険し続けなきゃなんないの。だいたい私たち、これで何連勤してると思ってるの」
「しょうがないですよ。労働基準法なんてないんですから。このラストダンジョンの奥にいる魔王を討伐して世界が平和になれば、休みとれますから。もう、ちょっと頑張りましょう」
(了)