第9回W選考委員版「小説でもどうぞ」佳作 キャプテン・スーサイド 齊藤想
第9回結果発表
課 題
友だち
※応募数343編
キャプテン・スーサイド
齊藤想
齊藤想
ぼくには、幼稚園時代から付き合いのあるイマジナリー・フレンドがいる。現実には存在しない、想像上の友達だ。
彼の名前は、キャプテン・スーサイド。ぼくは彼のことを「スー」と呼んでいる。筋肉ムキムキで青いマントをひるがえすアメコミ的なヒーローだけど、得意技は名前の通り「自殺」という変わり種。
スーと出会ったのは、幼稚園のお泊り保育のときだ。お漏らしをして、お友達からからかわれて、あまりの恥ずかしさにそのまま窓から飛び降りて死のうとしたら、どこからともなくスーが現れた。
お友達も先生も気がつかない。スーの姿はぼくにしか見えない。スーは自己紹介をすると、柔らかな人差し指で、ぼくの涙をぬぐってくれた。
「もう泣かないでね。君の代わりにぼくが自殺してあげるから」
それだけ言うと、ぼくが止める間もなく、スーは高飛び込みの選手のように、三階の窓から飛び降りた。
ぼくは慌てて窓から首を出した。アスファルトの駐車場の上で、スーの首があらぬ方向に曲がっている。
スーが死んだ。ぼくはパニックになった。なぜ、という言葉が頭を駆け回る。ただ、慌てているうちに、ぼくの心から自殺したいという気持ちが消えていった。
それからだ。ぼくが自殺したくなると、どこからともなくスーがやってきて、代わりに自殺するようになったのは。
それから年月が経ち、ぼくは社会人になった。一人暮らしの部屋で目覚めると、ベッドの脇にスーがいた。スーは、やれやれ、という感じで首と腰をさすっている。
「ずいぶんと、体調が悪そうだね」
けっ、とスーは吐き捨てる。
「最近、自殺の頻度が高くねえか。おかげで先週は飛び降り自殺で、今週は首吊りだ。もう体はガタガタよ。自殺は体に負担がかかるんだよ。少しは自殺を我慢しろ」
ぼくは笑いながら答える。
「そんなこと言われたって、ぼくはそれだけ心が繊細なんだよ」
「どこが繊細なんだか。単にこらえ性がないだけじゃないか」
スーは中指を突き立てながら、ベッドに腰かけた。想像上の友達なので、ベッドが軋むこともへこむこともない。
「最近のお前の自殺遍歴を繰り返してやろうか。先々週は仕事でミスして上司から叱責された。先週は気になっている女性にラインをしたら既読スルーされた。今週は一年かけて描いたマンガがコンテストで落選した。この程度の理由で、自殺させられるおれが可哀そうに思わないのか」
「自分にとっては、どれも重要なことなんだ。仕事にしても、思いを寄せていた女性にしても、精魂込めたマンガにしても」
スーはいかつい顔を寄せてきた。
「と、本当に信じたのか?」
ぼくは黙った。死ねば解決すると安易に考えすぎていることは自分も認めている。
いまはスーがいるからいい。けど、この先もスーはいてくれるのだろうか。想像上の友達とはいえ、自殺して復活できないこともあるのではないか。
三年前にスーが切腹したときは、それから一カ月も登場しなかった。だからスーに切腹はやめてと泣いて懇願した。
今日のスーはいつになく真剣だ。これは別れの予感か。イマジナリー・フレンドから離れて、大人になれということなのか。
大切な友が消えてしまう。恐怖に震えていると、スーは急に笑顔になった。
「けど、おれは嫌いじゃないぜ。自殺したくなるほど傷つくのは、それだけ真剣にチャレンジしている証だからな。もし、自殺したくなったら、これからもおれが代わりに死んでやるから安心しな」
スーは腹を軽くポンと叩いた。三年前に切腹した箇所だ。
そういえば、今日はなぜスーが現れたのだろうか。自殺したいと思っていないのに。
「たまには普通の会話でもしようかなと思ってさ。どうせ、お前にはリアルな友達なんていないだろうから」
「そんなことないよ」
ぼくはスーにいろいろな話をした。上司からかばってくれた会社の同僚、失恋したときになぐされめてくれた女友達、一緒にプロを目指す漫画仲間について。
スーはひたすらうなずいていた。
「ここまでくればもう大丈夫。安心したぜ。ちょっと寂しいけどな」
そう言うと、スーの姿は薄れていき、そのまま音もなく消えた。少し大人になったぼくを残して。
(了)