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第9回W選考委員版「小説でもどうぞ」発表 高橋源一郎&江國香織 公開選考会

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結果発表
                                  撮影:上田泰世(朝日新聞出版写真映像部)

選考会では両先生が交互に感想を言い合い、採点しています。作品の内容にも触れていますので、ネタ割れを避けたい方は下記のリンクで事前に作品をお読みください。

1981年『さようなら、ギャングたち』でデビュー。すばる文学賞、日本ファンタジーノベル大賞、文藝賞などの選考委員を歴任。

1964年、東京都生まれ。89年『409ラドクリフ』でフェミナ賞、04年『号泣する準備はできていた』で直木賞受賞。

もう反転させて、
「え?」というふうに
してもらいたい
「友だち」という言葉が
出てこないのがポイント
――まずは「目のなかの虹」(樺島ざくろ)からです。

高橋主人公は野良犬で母親です。その息子の子犬が吾作という猟師に殺されますが、吾作も母親を狼に殺されています。
 母犬はずっと吾作をつけ狙っていて、最終的に吾作をかみ殺そうとしますが、そのときに吾作の目の中に虹を見て、気持ちが変わってしまい、吾作も母親ものたうちまわり、思い思いに泣きます。互いに肉親を失った者同士ということで、心が通じあって許しあって帰ります。友だちになったということだと思います。
 この人、文章がうまいなと思いました。童話っぽい感じもあって、いい感じですね。評価は○まではいきませんが、○マイナスです。

江國私もこれはいいなと思いました。一番いいのは「友だち」というテーマでこれを書いたこと。本文の中に「友だち」という言葉が出てこないところが評価のポイントです。文章もむだがなく、シンプルに悲しい。息子やお母さんが殺されて悲しいというんじゃなくて、吾作と主人公の母犬が悲しいんですよね、のたうちまわるところとか。私は○です。

――2番目は「キャプテン・スーサイド」(齊藤想)です。

江國「ぼく」にはイマジナリーフレンドのスーがいて、「ぼく」が死にたくなると代わりに自殺してくれますが、最後にはもう大丈夫とスーはいなくなるという話。
 幼稚園時代から付き合いがあるイマジナリーフレンドがいるという始まりがすごくいい。ただ、イマジナリーフレンドだったら自由ですから広がりに期待しましたが、全体的に理が勝ちすぎています。お漏らしして、あまりの恥ずかしさに窓から飛び降りて死のうというのも、ちょっと強引というか、お話に入っていけなかった。
 最後に「ここまでくればもう大丈夫。安心したぜ。ちょっと寂しいけどな」とスーが言うところはぐっと来るけれど、全体にイージーな感じがしました。もっと長いものにしたらよかったですが、5枚だと骨子を追うだけで精一杯でした。これは△です。

高橋僕もイマジナリーフレンドをテーマにした小説を書いたことがありますが、意外と書きやすい。想像上の友だちだからどうとでも書けるんですよ。友だちがいない人間にできる唯一の友だちという設定は何を書いても寂しい感じになるので、こういう話こそどういうふうにオチをつけるかが大事です。イマジナリーフレンドを卒業して現実の友だちができてよかったね、ではありがちすぎるかな。もう反転させて、やっぱりお前は友だちだとなるとか。短いお話ですから、「えっ」と思わせてほしい気がして、△です。

――3番目は、「親友」(さくら)です。

高橋主人公は麻衣子、OLです。ハイヒールのピンヒールが折れますが、親友はなんとこの壊れた靴です。なかなか面白い。どういう話だろうと思ったら実家に行き、捨てられなかった“友だち”がずらりと並んでいる。オチがついてないんで、△マイナスです。

江國ばかばかしいことをまっすぐ書いているところがいい。ですが、〈まだ見ぬ未来と、これから出会う友達に、胸が高鳴った。〉は取ってつけたような感じがします。それだったらいっそ締めの言葉はなくし、〝友だち〟の収集に耽溺たんできしている変わった主人公にしたほうが面白かったなと思うので……すみません、これは×です。

高橋不気味な話にすればよかったかな。トリュフォー監督に「緑色の部屋」という映画がありますが、ちょっと怖い話にしてもよかったですね。

大梯子から落ちた
ときに異能とわかる
これだけで○
「十分友達だよね」だけ
で、△プラスをあげたい
――4番目は「マッチングフレンド」(長崎かすてら)です。

江國主人公の友子には友だちはいませんが、いたほうが社会的な信頼も厚くなると思い、同僚の明子さんに相談すると、友だち専用のマッチングアプリを薦められます。一人目も二人目もうまくいかず、合う人はいませんと送られてきたのは相槌あいづちをくり返す音声データ。その話をしたら、最後に明子さんが「私って十分友子ちゃんの友達だよね?」と言います。最後がかわいいし、キレがあります。口調もとてもいいですが、やや定型で新味がないので、○マイナスです。

高橋途中は定型的で、マッチングアプリで友だちを探しますが、出てくる人物は類型的です。でも、最後に友だちに言われる言葉が意外と感動的です。「十分友達だよね」の「十分」がちょっといい。これだけで△プラスをあげたい。最後の〈スマートフォンをぼとっと落とした。〉もいいですね。オチは8編中、一番よかったです。

――5番目は「呼び名の理由」(家田満理)です。

高橋中学生の「僕」が、かつてジャグリング日本一だったおじさんと会う。大梯子おおはしごの上でするジャグリングは危うい感じだったので、主人公はやめてと言い、おじさんも今度を最後にすると言いますが、見に行ったらあにはからんや大梯子が倒れる。おじさんも落ちたと思いきや、姿を消す。なんとこの少年の一族には超能力があり、おじさんを小鳥に変えたのだと。
 このあとがよくできていて、ただし超能力は親族や友達には使えず、その禁を破ってしまったので主人公は超能力を失い、おじさんは小鳥のまま。ちょっと定型的だけどいい話だよね。最後に「僕」はおじさんのあとを継いでジャグリングの練習をし、その横にまるで指導するかのように小鳥がいたっていう結末もいい。やや淡白かなという気はするんですが、嫌いになれないということで、△プラスにならないくらいの△です。

江國自由なところがいいなと。おじさんが大梯子から落ちたときに、唐突に異能の家族だとわかる。ここだけで私は○です。
 5枚という短さの中で自由にやれるのは、強いハートの持ち主だからでしょう。異能の家族のことをもっと読みたいし、スケールの大きいものをはらんでいる話。ここに書いてあることはそれほど大きくないですが、スケールの大きさを感じました。私は○ですね。

――6番目は「友達と会えるんだ」(穴木隆象)です。

江國時代は今よりちょっと前、パソコンや電子メールが普及し始めた頃、達夫という男性が中国に留学し、女性と出会い、「私」に素敵な手紙を送ってきます。その後、イランに行き、別の女性と出会いますが、51歳のときに帰国し、亡くなる前に中国古典とペルシャ古典の翻訳原稿を出版してくれと「私」に頼みます。
 達夫は、あの世に行けば、影響を受けた中国やイランの文学者と会えるという世界観を持っていて、不思議な味わいがあります。
 ただ、この小説自体のオリジナリティーをあまり感じられなくて、いいと思う世界を短くまとめた感じになってしまっています。私は△マイナスです。

高橋井上靖さんの西域小説みたいな感じですね。しかし、5枚しかないのに、元になった小説の部分がけっこう量があるね。そこを読ませてしまうと、この短いエピソードの中で釣り合いが取れなくなる感じがします。もう少し長いと、西域小説っぽい部分の効果があって、全体の夢みたいなものが出てくると思うんだけど、5枚の中に入れるとバランスが悪い。
 友だちというのが中国やイランの作家たちというテーマは好きで、僕もときどきそういう気がするのですが、このテーマの短編としてうまくいっているかどうかは微妙です。ということで、△です。

正論すぎるのと、
セリフばかりで
血肉がないのが難
ブラックでいいが、
テーマは「友だち」?
――7番目は「孤独という病」(齋藤倫也)です。

高橋Tというセールスマンが叩き上げの社長にオトモダチ派遣サービスを売ろうとしますが、逆に説教され、「孤独は病気ではない」と正論を言われます。結局、営業には失敗しますが、いわば自分を見直し、総務課の女の子に告白します。返事は「いいお友達でいましょう」で、ここはシャレていていいですが、全体としてはあまり面白くないよね。営業トークと社長の反論しかない。肉付けが薄い感じなので、△マイナスです。

江國メモに「正論すぎる、骨格だけで血肉なし」と書きました。血肉が欲しいですね。最後に「いいお友達でいましょう」と言われるところだけはよかったですが、私はこれは×です。

――最後は「垢男」(若林明良)です。

江國餓死しようと思っている男がいて、半年もお風呂に入ってないので全身がかゆくなり、こすったら垢がでて、それで人形を作ると、自分そっくりの垢男になる。彼は陽気な垢男で、会社に行ってくるよと出社する。帰ってきた垢男に主人公が「死にたい」と言うと、垢男は「生きたい」と反論します。お風呂に入れれば垢だから溶けて死ぬかと思いきや死なず、垢男は主人公に「君はもう、いないもの」と言います。つまり、主人公は垢を落としたときに破傷風で死んでいて、垢男は「望みが叶ってよかったじゃないか」と言います。
 悪くないと思いますが、「力太郎」のアレンジっぽく、若干軽い感じがします。パワハラに遭って休んでいた会社に垢男が出社し、「長いこと休んでてすみません~」と言うと、みんなびっくりしたものの受け入れてくれ、リーダーさんは「厳しくしてごめんな」と言うなど、陽気な垢男が行くとうまくいくところもちょっと軽いなと。嫌いじゃないですが、すごく面白いとも思えないので、△プラスです。

高橋これはブラックですね。普通なら垢は溶けますが、言ってみれば主人公のほうが溶けてしまったという逆転があり、面白かったです。唯一気にかかるのは、テーマは「友だち」かということ。垢男との関係は友情とは言えない。その部分がどうしても解決できなかったので、僕は△ですね。

――「目のなかの虹」と「マッチングフレンド」「呼び名の理由」が僅差です。
高橋どれがいいですか。
江國「目のなかの虹」か「呼び名の理由」ですね。選ぶのは難しいですが、「友だち」というテーマで「目のなかの虹」を書いた底力を評価したいですね。
高橋「目のなかの虹」の設定は殺し合う関係ですからね。これを超え、死も超えています。
江國そのとき、お天気雨というのもすごくいいなと思います。
高橋では、「目のなかの虹」を最優秀賞にしたいと思います。