第9回W選考委員版「小説でもどうぞ」佳作 孤独という病 齋藤倫也
第9回結果発表
課 題
友だち
※応募数343編
孤独という病
齋藤倫也
齋藤倫也
「要するに、あんたらは、友達を売っているのかね?」
営業マンのTは、狙いをつけた未来の顧客の予想外のひと言に虚を突かれた。
友達を売るだと? 人聞きの悪い。それじゃあ、まるで密告者か人身売買じゃないか。
だが、怒っても始まらない。むしろ、ここからが、腕の見せどころだ。自分史上初のセールスMVPに選ばれるためには、この叩き上げの社長との契約が必要なのだ。そう思いなおしたTは、とびっきりの営業スマイルで、説明を続けた。
「社長は、もうすぐご勇退されると伺いました。わたくしどもといたしましては、弊社のオトモダチ派遣サービスをご提供させていただくことで、社長様の第二の人生を、より充実させるお手伝いをさせていただきたいと考えている次第でして」
社長は、腕組みをしたまま、Tの話を聞いていた。
「このオトモダチ派遣サービスは、最先端の人工知能と、優秀な専門家たちが、お客様のデータと、弊社に登録された豊富な人材データを、高度なロジックで分析し、お客様おひとりおひとりにご満足いただける最適な人材を、お客様がご要望されるTPOにあわせて派遣するサービスなんです。このオトモダチは、決してお客様と喧嘩になどなりませんし、サービスの停止、再開も、お客様の御要望に最大限お応えするシステムを実現しております」
Tは、熱のこもった口調でアピールを続けながら、接客ベースの壁に飾られた盾の数々を、思わずチラチラと見てしまうのを止められずにいた。そこには、歴代のセールスMVPのものもあった。
社長も、そんなTの視線に気づいたようだ。
「あそこに、あんたの盾もあるのか?」
「自分は、若輩者ですから、まだ……」
「なりたいのか? MVPとやらに」
なりたいどころの騒ぎではなかった。ならねばならないのだ。だが、その理由を、ここで社長に明かすことなどできるわけがない。Tは、なんとかして話題を変えようとして、すでに退社したかつてのMVPから聞いた殺し文句を使うことにした。
「いままでバリバリとご活躍されていた社長のことです。きっと、これからもお元気で悠々自適な暮らしを送られることでしょう。でも、ふとしたことで、いままでの生活とくらべて、どうしようもない孤独感をお感じになられることもあるかもしれません」
「余計なお世話だ」
「そんな時に、わたくしどものサービスが、きっとお力になれると信じています。わたしは、単なるセールスマンではありません。お客様おひとりおひとりの孤独によりそう存在でなのです。そう、孤独という病を癒やすドクターとお考えください」
社長は、何も言わなかったが、しばらくして口を開いた。
「孤独は、病じゃない」
「……え?」
「孤独は、病なんかじゃないんだ。若いの。オレも、ちっとは、あんたより長く生きてる。あんたよりは、孤独って代物のことも知ってるつもりだし、散々味わってもきた。たしかに友達は大切だ。だけどな、喧嘩のひとつもできない友達なんてあるか? だいたい、友達ってやつは、ハイ、今日からお友達でございとか、今日で友達はやめます、ハイ、サヨウナラってわけには行かないんだよ、絶対に」
Tは、なにも言えなかった。そんな彼に、社長は、まるで自らに言って聞かせているかのように話をした。
「事情は知らんが、オレの見立てでは、あんたは、どうしてもMVPとやらになりたいらしいな。オレと、そのオトモダチなんちゃらの契約ができればなれるのか。だが、悪いな。オレはあんたの力にはなれない。今のあんたは、MVPが目標になっちまってる。若い頃のオレもそうだった。自分の会社の、売上と利益さえ達成すれば、ぜんぶうまく行くと思ってた。でも、違った。それらは、目標なんかじゃない。結果でしかないんだよ。その結果も、いつのまにか過程になるんだ。ほら、政治屋連中を見てみろよ。当選だ、落選だってガタガタぬかしおって。当選して何をするかが一大事だってのにな。みっともないったらありゃしない。だからな、あんたも、せいぜい後悔にまみれちまわないようにがんばれ。なにが目標か、もう一度よく考えてな」
結局、TはセールスMVPの座は逃した。これが、今の結果なのだ。受け入れるしかない。そして、MVP獲得を実行条件として自分で課した枷を外し、ある計画を、実行に移した。総務課のあの
彼女の返事は、いいお友達でいましょう、だった。これも、今の結果なのだ。受け入れるしかない。だが、いつの日か、これも過程になるのだろう。
(了)