第9回W選考委員版「小説でもどうぞ」選外佳作 実家に来る友だち 住吉徒歩
第9回結果発表
課 題
友だち
※応募数343編
選外佳作
実家に来る友だち 住吉徒歩
実家に来る友だち 住吉徒歩
「友だちです」
実家に来た男はそう言ったらしい。
「誰だよ?」
東京のアパートで昼寝していた俺は驚いた。
日曜、滅多にかかってこない秋田の実家の母からの電話だった。
東京で働き始めて十年。コロナ禍もあってここ数年帰省していない。そんな実家に俺の「友だち」を名乗る人物が現れたのだ。
「家に上がったの?」
その男は俺が不在にも関わらず、家に上がりこんで晩飯を食って帰ったそうだ。
「何でメシを食わせたの?」
俺は母に抗議した。そんな図々しいヤツ、関わると後々厄介になると思ったからだ。
何杯もメシをおかわりして散々オヤジと酒をくらった後、千鳥足でタクシーに乗って帰ったと母は説明した。
「勇輝、心当たりないの?」
不安そうな母の声。
「二度と家に上げるなよ。詐欺の犯人だったら危険だろ」
こんな時に監視カメラがあれば……。俺のスマホに画像を転送してもらって、本当に「友だち」なのか確認できるのに。
「次来たら、絶対に追い返せよ」
そう念を押して電話を切ろうとしたが、母は「うーん」と煮え切らない返事をした。「それがね……」と話の続きを打ち明ける母。
「えッ! もう何度も来てるの?」
どうやら手遅れだったようだ。その「友だち」は実家に再三やってきてはメシを食い、酒を呑み、挙句「泊まりたい」と言い出したらしい。そこでようやく母は怖くなって俺に電話をかけてきたのだ。
「絶対ヤバいヤツじゃん!」
俺は急いで地元の友だちの顔を思い出した。だが、そんな怪しい行動をしそうな人間はいない。それでも、秋田を離れて十年。卒業以来会っていない小学校や中学時代のクラスメイトなら、どんな変貌を遂げていることやら。
「名前は? マジで聞いてないの?」
原点に戻って俺は母に確認した。
「お前のお友だちだって言う人に名前なんて聞きにくいわよ!」
開き直り気味に言い返してくる母。
確かにそうかもしれない。だが、それって詐欺師がうまく利用しそうな人間の心理だろ? 典型的なやつじゃん。しっかりしろよ。
ただ、その男の話の中に思い出話がいくつか出てきたことを母が話してくれた。
「あった! そういうこと」
俺も覚えている川でウナギを発見したエピソードや山で遊んで迷子になった話をそいつが喋ったそうだ。だったら詐欺じゃないかも? 少し希望が見えてきたところで、母が声をひそめて俺に尋ねてきた。
「勇輝、十万円を借りた友だちっている?」
男は「もう時効だけど」と笑いながら、俺に十万円を貸したままだと話したそうだ。全く記憶にない。十万円は大金だぞ。もし、友だちに借りたなら絶対に忘れるわけがない!
金がらみの話が飛び出し、ゾゾッと鳥肌が立った。いったい誰なんだ? 俺に何か罠を仕掛けようとしているのか? 考えれば考えるほどワケが分からなくなる。
しかし、悩んでいるヒマはない。次に現れた時が、いよいよ詐欺師が牙を剥く時かもしれない。親の身を案じると、それだけは何としても避けなければ!
でも、どうすれば?
「母さん、すぐに家に監視カメラを付けろ! 費用は全部、俺が出すから。早くな!」
俺は電話を切ると近所のコンビニのATMへと走り、大金の十万円を実家の口座に振り込んだ。心臓がバクバクと音を立てていた。だが、これで少し安心。うまくいけば「友だち」の正体を突き止めることもできるかもしれない。十万円で問題解決の手がかりが掴めるなら、安くはないが必要な出費だ。
ただ、一つ気がかりがあった。さっき、電話の切り際にチラッと聞こえた母の声……。
「ウフフ! お父さん」
ほくそ笑むような母の声だった。
通話を切る前に喋り出すのは母の悪い癖だ。電話の相手に丸聞こえなのが分かっていない。
「ウフフ! お父さん、ひっかかったわよ」
母はその後、そう言ったのではないか? まさかとは思いながら、俺は不安になった。
「詐欺じゃないのか?」
お金を振り込んだ先は実家の口座なのに、背中に冷や汗が流れるのを感じた。
最近、実家の近所に野生のクマが出没するらしい。用心のための監視カメラを設置する費用を息子の俺に出させる作戦だったのか?
「いやいや」
家族を疑うのは良くないぞ、俺。
そう思いながら、謎の「友だち」は二度と実家には現れないという妙な確信があった。
(了)