第9回W選考委員版「小説でもどうぞ」選外佳作 今は死んでいる 朱里安
第9回結果発表
課 題
友だち
※応募数343編
選外佳作
今は死んでいる 朱里安
今は死んでいる 朱里安
「ここはどこだ」
オレはいきなり見知らぬところにいた。周りは石だらけ、上を見ると梅雨空のよう、左手の方には濁った不気味な川が流れている。
頭が重いし、気分も悪い、手足がだるい。
「お~い、お~い、受付はこっちだ」と誰かが叫んでいる。
声のする方へ足を引きずりながら行くと、ガタイのよい男が二人、いきなり一人の男に頭を押さえられた。
「何するんだ」と言うつもりであったが、漏れた声は「ごにょごにょ」だった。
「これから、お前の額のQRコードを読み取るからな」と、スマホを向けられた。
「千葉五〇一は五八〇五、はい。あれ、おかしいな、データが出てこないぞ。お前、ちょっと待ってろよ、電話して確認するから」
「電話で確認したら、どうやら間違いだったらしい。でも、なあ、せっかくここまで来たんだから、あの三途の川を渡ってみないか。向こう岸へ行けば秘密の花園があって、とてもきれいらしいぞ」
「え、するとここは賽の河原で、あれは三途の川ですか」
「そうだぞ」
「嫌です、絶対嫌です、絶対。まだ死にたくない」と、オレはだるい腕を振り回し、出にくい声で必死に叫んだ。
「しょうがない、こちらの落ち度だから。娑婆に戻れる方法を教えてやる。いいかよく聞けよ。お前の友達が三人見つかれば、腰に巻いてある綱を引っ張ってもらえるから娑婆に戻れる。三人寄れば文殊の綱と言うだろ。ただし時間制限がある、今夜の十二時までだ」
「それまでに見つからなければ」
「三途の川を渡ってもらう」
「妻に連絡させてください」
「このスマホを使っていいぞ、かけ放題だ」
「いつもラインでやっているから、妻の電話番号が分からない」
「特別大サービスで検索してやるよ。ほら、〇九〇の……だ」
「ありがとうございます。スマホをお借ります。もしもし、オレだ」
「ふぁあ、なによ、この夜中に、お休み」
「まてまて、いいか、よく聞けよ。オレは今は死んでんだ」
「なにバカなこと言ってんのよ。アタシの横でちゃんと寝てるわよ」
「起こしてみろ」
「あら、ほんと起きないわ。揺さぶってもダメだわ」
「だから死んでるんだよ。それでお前に頼みがある。今年の年賀状からオレの友達を三人探してくれ、仕事関係はダメだぞ、部下にパワハラしたからな。友達が三人見つかれば、オレは戻れるらしい」
「戻らなくてもいいんじゃない」
「おい、オレが戻らないと、年金が貰えなくなるぞ、それでもいいのか」
「それは困るわ」
「だろう、だから友達三人探してくれ」
「ねえ、今どこにいるの」
「賽の河原というところだ」
「そこって恐山みたいなんでしょ。恐山は本当の地獄みたいらしいわよ、そこ、かざぐるまなんか回ってるの」
「恐山は行ったことがないから分らん。そんなことはどうでもいい。いいか、電話ではこういうふうに言えと言われた。『アナタはナカヤマセイイチの友達ですか』、『はい、そうです』と言えば、一名ゲットだ。こうやって三人ゲットしてくれ。それも今夜の十二時までにだ」
「でも私今日パートの早番なのよ、だから七時には出ないと」
「バカ、オレがどうなってもいいのか」
「でも今日行かないとクビになるわ」
「う~ん、じゃあ子供たちはどうだ」
「今日からテストだって」
「う~ん」
「おばあちゃんはどうかしら、アンタの親だもの」
「いや、おふくろはダメだ。いつも電話かけて話がスムーズに終わったためしがない」
「じゃあ、アンタの弟さんは」
「それもダメだ。実家の処分で揉めて、今は断交状態だ。やっぱりお前しかいない、頼むよ」
「じゃあ、ブランドのバッグで手を打つわ」
「仕方がない、ブランドでも安いブランドにしてくれ」
「じゃあ、もう一度寝るわ、お休み」
電話は切られてしまった。オレは妻を信じていいのか、不安を抱えたまま、スマホを握りしめていた。
(了)