第47回「小説でもどうぞ」最優秀賞 今日の配信、あげてます 保科燈里


第47回結果発表
課題
逆転
※応募数347編

保科燈里
『配信開始』にカーソルを合わせる道子の手はいまだに重い。
ボタンをクリックするとパソコン上のゲームプレイ画面が動画サイトに生配信され、すぐに閲覧者数がグングンと増えていく。
画面上のキャラクターは
チャット欄は視聴者コメントで溢れ、中には投げ銭をする者もいる。道子はその様子を背徳感と自虐で濁った笑みで見つめているだけだった。
充は高校卒業後、地元企業に就職したが半年も経たず、「夕食の準備に間に合わない」との理由で退職した。道子は自室にこもりがちになった充がネットでそそのかされ、道を踏み外さないかと案じていた。そんな心配からエンジニアの夫、良平に充のパソコン画面を自分のパソコンでも見られないか相談した。
「気が進まないな。充にもプライバシーがあるだろ」
「私も同じ気持ちよ。でも何か起こった後では遅いの!」
道子にも罪悪感はあったが、不安と焦燥感から渋る良平を押し切った。
結果的に、充に問題はなかった。道子と良平が息をひそめ、見つめる充の画面ではネットサーフィンした後、ゲームに興じる様子がうかがえた。安堵の空気が二人の間に広がった。
「……うまいな」
良平から感嘆の息が漏れる。
「そうなの?」
「あぁ、敵の攻撃にほとんど当たってない。ほら、この試合で一位だ」
道子には、充がどのキャラクターなのかすらもわからない。
「もしかしたらプロ並かもな」
「プロ?……そんな」
意図せず息子の意外な一面を知った道子はしばらく画面に釘付けになった。
それから道子は部屋を覗く感覚で充の画面を見るようになった。充の画面を通して、ゲームやネットの知識も増え、調べていくうちにゲームが得意な人が配信を行うことも知った。
おやつ代くらいになるかな、という軽い気持ちと好奇心から充のプレイ画面を配信したが、道子の想定を大きく超えるものとなった。
正確なコントローラさばきと鋭い読みで敵を圧倒するプレイとは対照的に、力の抜けた安心感を与える独り言のギャップが視聴者を魅了した。たちまち視聴者数は伸びていった。
同時に、配信や動画投稿で得られる広告収入なども増えていき、すぐに月収は数十万円に達した。いつしか充は家で養われる存在から、頼れる稼ぎ頭に変わっていった。
一方の道子は、息子の意外な才能で得られた経済的な優越感と、配信を秘密にしている心苦しさの間で揺れていた。せめてもの罪滅ぼしと
道子が配信を始めて半年が過ぎたある日、キッチンに入るとスマホを持った充が立っていた。
「何してるの?」
「ううん。あ、そうそう。今日バイトの面接に行ってくるよ」
充の呑気な声は、道子にはゲーム内の充の攻撃のように鋭く突き刺さった。
「え、どうして?」
「別に~。毎日夕飯の時間まで暇だしね」
「大丈夫? 適当に選んだら失敗するんじゃない? 急がなくてもいいのよ」
社会復帰を喜ぶべきだと理解はしているものの、バイトの配信への影響がちらついてしまう。道子が言葉に迷っていると良平が新聞から顔を上げた。
「自発的に働こうとしてんだ。やらせてやろうぜ」
「……そうね。うん、頑張っておいで」
これ以上引き留めるのは親ではない。そう思いつつ、道子は堅い表情で充を送り出した。
充はカフェバイトの面接に無事合格した。これで昼夜逆転もお
「ただいま!今日のご飯何?」
バイトから帰ってきた充は道子のいるキッチンに飛んでいった。
「おかえり。豚カツよ。バイト続けて三ヶ月記念に充の好きなのにしたわ」
「おし! でも疲れたー。夕食まで寝てるね。」
自室に戻った充はスマホを手に取り、友人からのメッセージを見た。
『昨日のお前のゲーム動画、伸びてるぞ』
充はすぐにスマホで道子が開設したゲーム動画チャンネルにアクセスした。
『マジだ。母さん、説明文も上手くなってきたなぁ』
『このプレイ動画、まだ親がお前に内緒で配信してんの?』
『うん。こんな大手サイトで配信してたらすぐばれるのにね。でもいつか自分のゲーム動画も配信しようと思ってたし、結果的に手間が省けたよ』
『
『まあ結局、俺も母さんも一緒ってことさ。身内を自慢したい気持ちも、うしろめたさも』
返信を終えると、充はベッドに転がり、スマホでカメラ映像を映し出した。
画面にはキッチンが天井からの視点で映されている。まな板には豚肉が置かれ、道子の頭も見える。
「さて、始めるか。しかし、母さんも秘密に動画配信を始めるとはなぁ」
そう呟くと『みちこの隠れ家晩御飯』というチャンネルを開く。開設日は二年前だ。充は「今日のメニュー:豚カツ」と動画タイトルを入力し、『配信開始』をタップした。
配信が始まり、何も知らず手際よく料理をする道子の姿が流れ、鼻歌と鍋がクツクツ煮える音が聞こえる。
「うまそうだなぁ」
充が微笑みツバを飲み込む。
ジュワっと軽やかな油の音が響いた。
(了)