第48回「小説でもどうぞ」佳作 魂 齋藤倫也


第48回結果発表
課 題
孤独
※応募数439編

齋藤倫也
彼は、いつものように魔法陣を描き、いつものように悪魔を呼び出した。いつものように、紅蓮の炎と地響きとともに悪魔が現れた。
「その登場の仕方、何とかならないのか? 毎回騒々しいったらありゃしない」
いつもこうだ。自分勝手に呼び出しては、軽口を叩く。ひとを、いや、悪魔を何だと思っていやがる。
「大した用でもないのに。いつも召喚されるこっちの身にもなってみろってんだ」
思わず、毒づいた悪魔に、彼は、意地の悪い笑みを浮かべて言った。
「おいおい。大事な顧客に、そんな口をきいていいのか?」
にらみかえす悪魔にむかって、彼は言った。
「俺は、魂を売り渡す正式な契約を、まだ結んじゃいないってことを忘れなさんな。だいたいお試し期間として仮契約でOKなんて提案をしてきたのは、あんたの方なんだぜ」
さすがの悪魔も、自らの堪忍袋の緒が切れた音を聞いた気がした。
「ああ。その通りだよ。だけど、今のお前さんが、こうしてのうのうと今の地位にあぐらをかいていられるは、誰のおかげだと思ってるんだ!」
彼の顔が、みるみる真っ赤になった。悪魔は、なおも続けた。
「たしかに、今のお前さんは、この国最高の学者だ。この国で最強の戦士だ。そして、この国最高の大金持ちで、この国の独裁者だ。これが、みんな自分の実力だとでも思ってるのか?」
「……」
「オレ様の力がなかったら、お前さんは、今でもスラム街で、どぶねずみのおこぼれにありつこうと、這いつくばってるところだったんだぞ!」
悪魔の悪態の勢いは、自分でも止められないようだった。
「だいたい、オレ様のことをなんだと思ってる? お前さんの下僕か? 奴隷か? ランプをこすると出てくる魔人? 願いを叶える妖精だとでも? 冗談じゃない。いいか。悪魔だぞ、オレ様は。オレ様は、ア・ク・マ、地獄から来た悪魔なんだよ!」
たまりにたまった鬱憤を吐き出して、悪魔は、少し落ち着きを取り戻した。そして、すぐに、しまった、と思った。
また、やっちまった。こんな毒を吐かれて、彼が本契約をするはずがない。これで、彼の魂は、永遠に、この悪魔のものにはならないのだ。
あの時と同じだ。あの時も、天使だった自分が、怒りに身を任せたばっかりに、天国を追放され、悪魔となったのだ。きっと、魂をとりっぱぐれて、悪魔長からは大目玉を喰らうことになる。この失態が、大魔王の耳に入ったら、追い出されてしまうかもしれない。悪魔が地獄からも追放されたら、どこに行けばいいのだろう。
なんとかとりつくろって、事態を打開せねば。悪魔は、焦る気持ちを、彼に気づかれぬよう、あくまで平静を装い、だが苦虫をかみつぶした表情をたたえたまま言った。
「ま、とは言え、こうして召喚されてやったんだ。一応、お前さんの話も聞こうじゃないか」
「……あんたが、そんな風に思っていたなんて知らなかったんだ。すまない。もう、あんたを召喚したりしないよ」
召喚しないだと? そっちに用がなくても、こちとらには大事な魂だ。悪魔は、なお食い下がった。
「まあ、そう言いなさんな。ほら、言ってみろよ。オレ様も、召喚されておいて無駄足だったなんて御免だからな」
「友達が欲しかったんだ……」
「……は……?」
「さびしかったんだ。孤独だったんだよ。ずっと。あんたに出会う前から」
「友達だって? 今のお前さんなら、その金と権力で、いくらでも揃えられるだろうよ。なんなら、その頭脳で、トモダチとやらを作って生み出すことだってできるだろうに」
「やってみたさ。でも駄目だった。金と力に寄ってくる奴らは、しょせんその金や力だけが目当てなんだ。さもなくば、俺に逆らうとひどい目に遭うって恐怖から、すりよってくるような連中ばかり。万が一、相手が心から俺のことを思ってくれたとしても、今の俺には、それが信じられないんだ。どうしても、そうは思えないんだ。何千人、何万人に囲まれたって、孤独は、増すばかりなんだ。本当の友達は、決して買えやしないし、無理やりならせることなんかできやしないんだ。自分で自分の友達なんか作れるわけがない。結局、自分の孤独な気持ちは、自分でどうにかするしかないんだ。でも……どうしようもないんだ。この孤独からは抜け出せないんだよ」
自分は、地獄から追い出されまいと必死になっているが、この男は、孤独という地獄から抜け出せずにもがいている。いや、もがくことすらせずに、絶望しているのだ。
と、彼が、突然、何かに気がついたように、顔を輝かせた。そして、悪魔のことをまじまじと見つめた.
「あんたは、会ってからずっと、俺の魂が欲しいって言ってくれていたな。あんただけだ。俺の金でも、権力でもなく、俺の魂を欲しいって言ってくれたのは、あんただけだ」
「それじゃあ……契約してくれるのか?」
「するとも。契約するとも」
彼は、悪魔の差し出すペンで、自らの指先を刺し、血のインクで魂の売買契約書にサインした。
「で、俺は、いつ死ぬんだ?」
「そいつは、オレ様にもわからない。管轄外だからな、死神に聞いてくれ」
「そうか。で、死んだら俺の魂は、地獄に行くんだな?」
「ああ」
「あんたと一緒に」
「ああ」
「じゃあ、もうひとつだけ、最後のお願いだ」
「なんだい?」
「地獄では、俺の友達になってくれないか?」
(了)