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第49回「小説でもどうぞ」佳作  はじめての豚役 菩提蜜多子

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小説
小説でもどうぞ
第49回結果発表
課 題

練習

※応募数326編
はじめての豚役 
菩提蜜多子

「えいっ! えいっ! えいっ」
「いだっ! いだいっ! あっ」
 より子さんのベルトさばきにはあまり愛を感じなかった。というのも僕が真正のドエムじゃないせいなので、より子さんは何もわるくない。
「ああっ、こうせい君の背中が! ミミズ腫れみたいになっちゃったよう!」
「大丈夫です! 大丈夫まだいけますから! 続けてください! ぼくね、中学生の頃お盆明けに海に入った時に、あっ! 大丈夫です! ぼく、カツオノエボシに刺されたことがあるんです! それに比べたら、撫でられているようなものです! いだいっ」
 より子さんは人妻で、小さい子どももいる。ぼくは彼女の十五歳年下のしがない独身男で、彼女とはアプリで知り合った。
 知り合って半年ほど、延々メッセージ交換をしていた。嘘か誠かは不明の彼女のプロフィールと、写真に惹かれた僕は、それでも十分楽しかった。人生で一回もモテたことがない。だいぶ年上で既婚の女性であろうとも、僕をかまってくれる女性を手放したくなかった。
 半年間のメッセージ交換のなかで、彼女の旦那さんが生粋のギャンブラーであることと、息子さんがわりと深刻な難聴であること、両親は彼女を置いて夜逃げしたきり音信不通であることなどを知った。
 なかなかにヘビイな環境下にありながら彼女自身後ろ暗いところは何もなく、さりげなく確認した手首にも切り傷などは見られなかった。あまり深く考えることができない性質なのだそうだ。逆に言うとそういうタイプだからこその、いまこの状況であるのだろうとも言える。というのは、彼女は主に旦那さんのこさえた借金と、息子さんの治療費で首が回らなくなり、手っ取り早い金策に走ったからである。
「SMクラブに勤めることになったの」
 そうメッセージがきたとき、時は来たと思った僕は、練習台になりますと言った。彼女に負けず劣らずの考えなしに、上のお口がそう言った。そして僕らはヨドバシカメラの前でさっき初めて会った。マッチングしてから半年後の初逢瀬だった。YOIKOSという仮名で登録していたより子さんの名前はわりと早い段階で明かされていた。僕の無加工ビジュアルを見ても動じなかった彼女に、初めのうち警戒したものの、数か月たっても一向に新ビジネスや仮想通貨に誘導しないので警戒はといた。と同時に、好きになってしまっていると感じた。
 彼女からきな臭い転職の話を聞いても、金も家も、甲斐性も男気も持ち合わせてない僕は、そんな仕事をしないで俺のもとに来いなどという戯言ざれごとは言えなかった。
 代わりに、僕を練習台にしてくださいと言った。
 より子さんは、僕を見つけたとき飛び切りの笑顔で、ありがたい!と言った。ありがたいとは何だろうと思ったら、より子さんは、君はムチのようなもので引っぱたきたい見た目をしていると言って喜んだ。
「おまけにその卑屈な物言いとか、すごくイライラして良いよ」
 とまで言い、最寄りのドトールに入ることもなく、真っ先に一番安くて小汚いモーテルに入り、ことに及んだのである。
「こうせい君、大丈夫? 一回休む?」
「まだいけます! なんだったら旦那さんだと思って叩いても良いです!」
「洋ちゃんのこと、叩きたくない! 洋ちゃんはギャンブル狂いだけど、佐藤健にそっくりのイケメンなんだ」
「そうですか」
 燃えるような背中の痛みに耐えながら僕は賭博にのめり込んでいる佐藤健を想像して現実逃避をする。イケメンは何がどうなってもかっこよかった。顔は家庭内の問題をも有耶無耶うやむやにする。限りなくコスパの良い治安なのではないかと考える。
 どう頑張っても顔の良いカテゴリーに属することのない僕は、即席ムチとして外した自分のベルトで叩かれまくる木偶でく人形となって、薄汚いモーテルのベッドでのたうつ。適材適所。
 ここで言っておくと、僕だけパンツ一枚で、より子さんはしっかり着衣をしている。ここにきて清楚を装われてもと思うのだが、不貞はできないのだと彼女は言った。不貞を強要するほどぼくの立場は優位でもなく、叩かれることにより今この空間に人妻で貞淑なより子さんと留まっていることがかろうじて許されている。
「マッチングアプリをしていて、これからSMクラブにお勤めをする身だからといって、ふしだらな目で見ないでほしい」
 この部屋にくる道中、彼女が話していたことを思い出し、その答えとして、僕は僕で人畜無害な人間であること、カバンの中とポケットをひっくり返し、何ら怪しい道具を隠し持っていないことなどを証明した。
 叩きつかれたより子さんはコンビニで買った缶チューハイをあけ、ベッドに腰かけて一口飲んだ。僕に残りを寄越そうとしたので、それはちょっと女王さまぽくないですよと言って注意したら、ペロッと舌を出した。とってつけたように、豚のくせに生意気だねえ! と言って照れるより子さんに、頑張ってほしいと素直に思った。
(了)