第50回「小説でもどうぞ」佳作 マリーミーマム 菩提蜜多子


第50回結果発表
課 題
まちがい
※応募数309編
菩提蜜多子
「あっ、もしもし、どうも。三井です。今大丈夫ですか?」
「はい」
「ぼく考えたのですけど、やっぱりぼくには洋子さんしかいないんです。先月知り合ってからまだ数回しか会ってないんですけど、運命しか感じないんですよ。洋子さんもうすうす感じているのではないでしょうか? ぼくは極めて誠実ですし、あなたが悲しむようなことは絶対にしない自信があるんです。ですからもう一度考え直して頂きたいんです。少しでいいんです。今週どこかでお会いできませんでしょうか?」
「三井さんが誠実な方だということは伝わってきてました」
「そうでしょう? ぼくお断りされてから今まで眠れずにずっと考えてきたんです。あなたのように物静かで奥ゆかしい方と出会えることはもうないだろう、そう思うのです。あなたはぼくの理想の女性像にあまりにもピッタリなんです。ですからこうしてどうしても諦めきれずにご連絡差し上げています次第なのです」
「はあ」
「困らせてしまっていることは重々承知しています。僕自身どうかしちゃってるんじゃないかと思うのですが、どうしても諦めきれないんです。どうかもう一度だけでも会っていただけませんか?」
「何が一体そんなにあなたに刺さったのでしょうかね? こんな地味な女は他にもたくさんいるでしょうに」
「そうそれ! そういうところです。清潔な見た目と、常に思慮深く物事を考える姿勢にぼくは惹かれているんです。言わせてもらえばぼくだって地味の極みです。ビジュアルに関してはもう四十二のぼくには伸びしろも全くありません。それでも精一杯身だしなみに気をつけて、あなたに迷惑をかけるようなことはしません」
「チェーン」
「えっ」
「財布にチェーンが付いていて、それが」
「あっ、あれですね。すみませんすぐやめます。デートの際に少しお洒落しなきゃいけないと思って導入したものです。ぼくの勘違いでしたらすぐやめます」
「はあ、すみません」
「あとは何かありませんか。この際ですから、一気にファッションの見直しをいたします」
「タトゥシールもいりません」
「は、了解です。あれも良かれと思って貼っただけですので。あとは」
「……いう……?」
「えっ」
「いえ、あのですね、待ち受け画面の」
「あー! はいはい、ぼくと母が一緒に写っている、チューリップ村で撮った写真ですね。あれをご覧になったのですね。大丈夫ですよ、ぼくはマザコンではないですから。お嫌でしたらすぐ変えます。ふふっ可愛いな」
「えっ」
「いや洋子さんはやきもち焼きだなあと思って。洋子さんと一緒に撮ったら、そちらの写真に入れ替えますから、すぐ」
「……」
「あとは何かございますか? どんどん下さい。ぼく洋子さんのために変わることに今とても前向きな気持ちなんです。そしてあなたにぼくの中身を見てほしい。仕事だって真面目一筋にやってまいりました。今は肩書も営業課長補佐という身分ですが、昇進への意欲は半端じゃありませんから。持ち家のリフォームもいずれ視野に入れております。洋子さんがお望みであれば二世帯にしてもいいです」
「……りなよ……ちゃんと……」
「どうしました? どなたかと一緒なのですか?」
「洋子に代わります」
「えっ」
「もしもし……」
「洋子さん、今ぼくがお話ししていた方はあなたではなかったのですか?」
「今のは私の母です。出てもらいました」
「なぜそんな無体なこと。恥ずかしいじゃないですか」
「私と母の声の区別もつかないのであれば、交際などやめた方がいいのではないかと……」
「またそんな屁理屈! 携帯だったら普通本人が出ると思うじゃないですか!」
「とはいえですよ」
「洋子さんはそういう悪戯もなさるのですね」
「今母とボーイズバーで飲んだくれていたところなんです」
「えっ、ボーイズバーとおっしゃいました?」
「はい、私は誠実さのかけらもないようなチャラくて胡散臭い若造どもが大好きなんです」
「またそんな……ぼくを煙に巻く気ですか?」
「おとなしそうな女が、同じように地味でおとなしい男が好きと思っているところが浅慮なんじゃないですか」
「そんな……洋子さんぼくを馬鹿にしていますか?」
「私は洋子の母です」
「えっ! また入れ替わってたんですか?」
「なんとなくあなたは母の方が好きなのではないかと思いまして」
「そんなことはないです。ぼくは洋子さんに真剣に交際を申し込んでおります。お母さまからもどうかよろしくお伝えください」
「でもボーイズバーをはしごするような女ですよ?」
「保護者同伴ででしょう? でもぼくとお付き合いしたら、変わることもあるんじゃないですか? 自信があります」
「根拠はなんですか?」
「ぼくは誰よりも洋子さんを大切にします。ぼくの深い愛で包み込めば、多少の不埒な趣味ならやめられると思います」
「深い愛というなら多少の不埒な趣味なんかむしろ見逃したらいいんじゃない? ママとチューリップ村におかえりなさい」
「今のはどちらの発言ですか⁉ あっ、もしもし、もしもーし!」
(了)