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第50回「小説でもどうぞ」佳作 拗ねるの法則 青豆ノノ

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小説
小説でもどうぞ
第50回結果発表
課 題

まちがい

※応募数309編
拗ねるの法則 
青豆ノノ

「柊。どうした、その変な髪型……」
 ヨシローは俺を見るとそんなことを呟いた。好物のマシュマロでも含んでいるのか、口は半開きで、続く言葉はない。
「嫌味かよ」
 俺はボディバッグを受付のロッカーに入れ、さっさとセットチェアに腰を下ろした。この店にセット面は一つしかない。いわゆる、マンツーマンサロンだ。
「お前、俺の専属美容師だろうが」
 俺は、自分では既に見慣れた滑稽なヘアスタイルを揺らしてみせた。するとヨシローはなにか思い出したように「ああ」と声を漏らし、頭を掻きながら気まずそうに言った。
「あのさ、今日も先にもらっていい? カット代」
「ったく。洒落た内装のわりには千円カットみてえなシステムだな」
 悪態をつきつつ、俺はズボンの後ろポケットから財布を取り出し、五千円を渡した。
 ヨシローは鏡面横の棚からタオルを取り出し、広げた。それを几帳面に縦に二つ折りにし、両端を摘むと、背後から腕を伸ばし、俺の胸の前にゴールテープのように構えた。次には胸の上を滑らせ、首に達すると静かに巻きつけていく。その作業は毎回、妙に丁寧に行われる。
 次に、ヨシローは真っ白いケープに手を伸ばした。
「おい。先に頭洗ってくんね? 汗かいてっから」
 俺が頼むと、ひょろりと背の高いヨシローは視線を落とし、俺の頭頂部に光る玉の汗を見つめた。そして無言で椅子を四十五度回転させ、大きくて平らな手をその先へ伸ばした。
「どうぞ」と浮かない声を出したヨシローに、俺は、チッと舌打ちして、椅子から立ち上がるとわざとだらだら歩いた。
「ヨシロー。客が俺だからってやる気なさすぎるだろ。こっちはお前の店が潰れないように月一で来てやってんのによ」
「それはありがたいけど……そんなに心配しなくても大丈夫だよ」
「なにが大丈夫なんだよ。お前の店のいい噂、全く俺の耳に入らねえけど⁈」
 朝一で声を張り上げすぎた。むせて咳き込んだ俺に、ヨシローがさっと水を差し出してくれる。
「わりい」
 素直に受け取り、飲み干した。
「うめえな。なんだこれ」
「あれだよ」
 見ると、都会でよく目にするウォーターサーバーが置いてある。
「あんなもん……」
「お湯も出るから」
「どうでもいいんだよ、ったく。高いんだろ、どうせ」
「だからさ、柊が気にすることじゃないって」
 弱々しく笑い、ヨシローは俺の肩に手を乗せた。俺はその手をキッと睨めつけ、舐めるように眺め回した。
 相変わらず綺麗な手しやがって……。
「倒すよ」
 シャンプーチェアが上昇し、背もたれがゆっくり倒される。俺は限界まで首を持ち上げてこらえて、ついに仰向けになると固く目を閉じた。
「早く顔になんかかけろ!」
 ヨシローの前で無防備に顔をさらしているのが耐えられない。
「せっかちだな」
 ヨシローは、ふっと笑った。柔らかな息がかかる。甘ったるい。マシュマロなんて食べるからだ。
「足も上げるよ」
 フット部分が持ち上がり、フラットになった。
 最高だ。どうしてもこのシャンプーチェアを導入したかったというヨシローを褒めてやりたい。
「俺、寝るから」
「どうぞ」
 その後はシャワーの音で店内のBGMも聞こえなくなった。
 全身をマットに預けて力を抜く。穏やかな呼吸を繰り返し、いかにも眠ったように見せかけて、薄く目をあけた。
 寝ると言いつつ、俺は一度だって寝たことはない。使い捨てガーゼ一枚を隔てて、こんなにもヨシローが俺の近くにいる。
 俺に覆い被さるヨシローの影を見つめて、次第に速くなる自分の鼓動を煩わしく思った。胸が苦しい。
「力加減……て、寝てるか」
 ヨシローが耳元で囁いた。別に囁いたわけじゃないだろうけど、ヨシローはいつもやる気がないから。へらへらして頼りなくて。だから、俺が用心棒になって守ってやらないとダメなんだ。
 シャンプーを終えると、セット面に移動した。
 カットが始まると、髪の間をヨシローの白くて細長い二本の指が行き来する。シャクシャクと音を立てて、ヨシローは俺の髪を切り落としていった。
「なあ、柊」ヨシローが口を開いた。
「ああ?」
「お前さ、シャンプーの時、起きてただろ」
 俺はかっと目を開いて、鏡越しにヨシローを睨んだ。
「はぁ?! なんのことだよ。爆睡してるに決まってんだろが!」
 鏡に映る俺の顔は、みるみる赤く染っていく。
「柊、そんなに怒らなくても……」
「うるせえ! やってられっか!」
 俺はケープの首元を掴むと無理やり体から引き剥がし、首に巻かれていたタオル共々、床に叩きつけた。
「まだ切り終わってないのに」
 ヨシローが言った。俺はヨシローの言葉を無視して荷物を取りにロッカーへ歩いた。
「なあ、柊。お前、間違ってるよ」
 珍しくヨシローは、俺の背中に言葉をぶつけてきた。
「お前なりに店のこと心配してくれてるんだろうけどさ。いつも切ってる途中で出ていくから。お前の中途半端な髪型がこの店のサンプルみたいになっちゃって。だから繁盛しないんだよ……」
「うるせえ!」
 俺はバッグを掴むと店を飛び出した。走りながら、切ない思いが込み上げる。
 ヨシロー、お前さ。お前こそ間違ってるよ。いつまで待たせんだよ。いつになったら、本気で向き合ってくれんだよ。俺のこの、屈折した愛情に……。
(了)