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第50回「小説でもどうぞ」佳作 絶対正解装置 山本倫木

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小説
小説でもどうぞ
第50回結果発表
課 題

まちがい

※応募数309編
絶対正解装置 
山本倫木

「……という訳で、君にはこの装置のモニターになってほしいのじゃ。分かったかの?」
「分かりませんでした」
 長い長い説明をハカセが締めくくったのに、僕はそう答えた。僕だって最初の一分くらいは真面目に聞いていたけれど、難しい話が続いたので途中から話が頭に入らなかった。僕の返事に、ハカセはふう、とため息をついて、少し考えてから再び口を開いた。
「では、端的に言おう。原理の説明は省略するが、ワシが発明したこの装置は、一日に一回だけ、どんな質問にも絶対に間違えずに答えてくれるのじゃ。しばらく君に貸してあげるから、使って感想を教えてほしいのじゃ」
 今度は分かった。僕はびっくりしてハカセが持っている装置を見る。装置は一抱えくらいある黒くツヤのある箱で、一つの面にはモニターが付いている。外観は一体型パソコンに見えなくもない。
「すごい発明じゃないですか。でも、なんで僕に?」
 僕はただの高校生だ。特別に頭が良いわけでも、何か特殊なスキルがあるわけでもない。ハカセとは家が隣同士というだけの間柄だ。そんなすごい装置なら、使ってみたい人は大勢いるだろう。
「この装置に訊いたんじゃ。誰に頼めば、一番人類のためになる使い方をしてくれるか、とな。そうしたら、君の名前があがったのじゃ。装置は絶対に間違えないからな、引き受けてくれると助かるのじゃが」
 ハカセは自分が発明した装置を愛おしそうに撫でながらそう言った。

「最近、調子いいようだな」
 担任はそう言いながら中間テストを返却してきた。
「はい、頑張りました」
 僕ははにかんで、採点の済んだ答案用紙を受け取る。苦手な数学だったけれど、僕史上の最高得点だった。ハカセの装置に、何をどうやって勉強したらよいかと尋ねた結果だ。半信半疑だったけれど、装置は正しかった。一学期の基礎からやり直すように言われたので、その言葉に従ってみたら、僕が今までどこでつまずいていたのか気がつくことができた。その結果が、今回のテストだ。なるほど、この装置はすごい。僕にとって必要だった答えをちゃんと教えてくれた。
 成績は少しずつ上がっていった。数学だけではなく、他の科目もだ。本当は、勉強のやり方よりもテストの答えを教えてほしかったのだけれど、装置は持ち運びするには不便な大きさだし、何より一日一回しか答えてくれないから、勉強方法を教えてもらうのが一番効率的だった。成績は少しずつしか良くならなかったけど、僕にはそれで十分だった。

 ところで、僕は長らく片想いをしていた。相手は文芸部のユイさん。文芸部というともの静かな人が集まるイメージがあるけれど、ユイさんは違う。いつもクラスの輪の中心にいて、ひと際大きな澄んだ声で楽しそうに友達と語らっている。目立たない存在だった僕とは接点がなかったし、つり合いも取れない存在だと思っていた。けれど、上がった成績の分、僕は自分に自信がついていた。何より、僕にはあの装置があった。
「まず『全知全能カヤトは静かに暮らしたい』を全巻読みなさい。そして、水曜日の放課後、学校の図書室で『魔界帝王カヤトは静かに引退したい』の第一巻を借りるのです。そこから出会いが始まります」
 おそるおそる尋ねたら、装置は無機質な声で断言した。僕が準備をしたうえで図書館に向かったら、ユイさんも同じ本を借りようとしているところだった。
「カヤトシリーズ、好きなの?」
 どちらからともなく、より正確には僕の方から会話が始まった。実はユイさんはこのシリーズのファンで、僕が『全知全能』が面白かったと話したら、すぐに打ち解けることが出来た。その日、僕は最高にハッピーな気分で家路についた。

 それからは、毎朝、装置に相談をした。
「今日はユイさんに、どう接したらいいかな?」
 装置はいつも具体的で的確なアドバイスをくれた。僕はそれに従ったし、その結果、ユイさんとはあっという間に親密になることができた。そして、何度目かのデートの別れ際のことだった。
「キミって、面白いよね」
 ユイさんは、そう言っていきなり僕にキスをした。それから、驚く僕に向かってにっこり微笑むと自転車で去っていく。大好きな彼女に決定的な好意を寄せられて、僕は舞い上がる……はずだった。けれど、去っていく彼女の背中を見て僕が感じたのは、心にのしかかる何か冷たいものだった。僕は自分の感情に戸惑った。
 僕は一体どうしたのだろう。理由は、部屋に戻って分かった。机にあの装置が鎮座していた。ユイさんは、僕のことを面白いと言ってくれた。だけど、考えてみればその言葉は、僕が受け取るべきじゃない。僕はただ、言われた通りに行動しただけなのだから。僕はやっと、そもそものまちがいに気がついた。

 翌朝、装置を持って庭に出た。大きな決断に眠れぬ夜を過ごした僕は、朝の陽ざしに目がくらんだ。
「やあ、おはよう」
 庭で体操をしていたハカセが僕に気づく。僕はハカセにふっきれた笑顔を向けた。
「ハカセ。この装置が僕を選んだ理由が分かりましたよ」
「ほお、それは良かったの。どんな理由なんじゃ?」
「僕が、こうするからです」
 そして僕は、足元のコンクリートに向かって装置を全力で叩きつけた。
(了)