第50回「小説でもどうぞ」佳作 一月七日、億万長者 早美


第50回結果発表
課 題
まちがい
※応募数309編
早美
一月一日、俺はスマホの画面を見ながら、身震いしていた。
今、この瞬間、俺の人生は一変したのだ。
思えば高校卒業後、就職したものの煩わしい人間関係で長くは続かず、今は日雇いの仕事。
もうすぐ四十歳になろうとしているが、こんな有り様だから彼女もいない。六畳一間のアパートで細々と暮らしている。
いつの日かこの状況を打破してやろうと、心の奥底で思い続けていたが、こんなに突然やってくるとは夢にも思わなかった。
それは、十二月の誕生日、初めて来た現場の帰り道で宝くじ売り場の前を通りかかった。
売り場前には大きく(サマージャンボ一等でました!) と看板が掲げられていた。
へぇ~一等か、羨ましい、どんな奴が当たるんだ……そう思いながら、通り過ぎようかとした時、なんだか今まで感じたことがない胸騒ぎがした。
こんなことは初めてだった。
俺は引きつけられるように、その宝くじ売り場の前に立った。
気づけば「年末ジャンボ、バラ10枚下さい」とカウンターにお金を差し出していた。
なけなしの金だった。
少しふくよかなおばさんは、「当たりますように」とにっこり笑いながら宝くじの入った袋を俺にくれた。
家に帰り、コンビニで買ってきたラーメンをすすりながら、初めて買った宝くじの袋を見つめた。
何で俺はこんなものを買ってしまったのか……。
この金で、もう少しいいものが食えたのに、何をやっているんだと後悔したが、それでも少額でも当たりますようにと、その宝くじを冷蔵庫にしまった。
昔、何かの本で、宝くじを冷蔵庫にしまうと当たりやすくなると読んだ覚えがあるからだ。
それから数週間後、俺は一人、狭いアパートの部屋で正月を迎えていた。
正月くらいは綺麗な部屋で過ごしたいと、年末には散らかっていた雑誌をゴミに出し大掃除もした。
少しばかり広くなった部屋で一杯ひっかけようと、冷蔵庫のドアポケットからワンカップの酒を出した時、長方形の袋がパタンと倒れてきた。
それは買ったことも忘れかけていた、宝くじだった。
「そうだった、こいつの確認をしないと。十枚だから、三百円は当たっているな、あとは……」
スマホで六桁の番号を指でなぞりながら当選番号を確認していく。
動いていた指が途中で止まった。思わず「ん?」と声が出る。
俺は何かの間違いではないかと、六桁の数字を指で慎重になぞり始めた。
(186……)スマホの画面と宝くじの番号を何度も何度も見比べる。
番号が全て同じだと認識した瞬間、身震いした。
そわそわする気持ちを落ち着かせるため、ワンカップの酒を口に含んだ。
噓だろ……こんなことってあるのかよ……あの時感じた胸騒ぎは、これの予兆だったのか?
視線を左にやると、一等七億円の文字。心臓がバクバクしてきた。
なんせ七億円……だからな。
俺は高額当選したことは誰にも知られてはいけないと思い、今までと同じ生活を続けた。
日雇いの仕事に行って、帰りはコンビニに立ち寄り、夕飯を買って帰る。
当選の引き換えは一月七日から始まる。それまではいつものルーティンで過ごそうと決めていた。
七億が手に入ったら、まずは家賃の滞納を支払おう。大家の婆さんに泣きついて二か月分を滞納していた。
それを済ませたら、今度はタワマンにでも引っ越そう、最上階はさぞ景色もいいだろう。リゾート地に別荘を買うのもいいかな。高級車も乗り回せるな。
これだけの金があれば働かなくても暮らしていけるだろうし、俺の夢は次から次へと膨らんでいった。一月七日、億万長者になる!
そして、とうとうその日の朝を迎えた。
当選した宝くじをウエストポーチの底にしまい銀行へと向かった。
もちろん、身分証明書と印鑑も忘れない。換金に必要な物は事前に調べた。
銀行に到着し、高額当選の換金がしたいと、小声で伝えると
カウンターの奥が、何やら慌ただしくなった。偉そうな人が動き出す。
暫くすると、奥へどうぞと案内された。
応接室に通されると「年末ジャンボの換金をお願いします」とウエストポーチから宝くじを取出した。
銀行員はそれを手に取ると、お調べしますと言って無言になった。
応接室のソファに座って待っている間、手の平は汗でぐっしょり濡れていた。
緊張が止まらなかった。
暫くすると銀行員は「確認できました。十万円のご当選ですね」。
「え? 十万? これ一等ですよ。七億ですよ」と思わず口走る。
「いえ、よく見て下さい。組が違います。一等の組違い賞で十万円ですよ」
愕然とした。十万? さっきまで意気揚々とした気分は消えてしまい、何とも言えない、どんよりした空気が漂っていた。
こんなことって……俺の夢は儚く散ってしまった。
俺は大家の婆さんの部屋を訪ねた。
「長らく滞納して、すいませんでした」
「お仕事ご苦労様、ずっといて良いからね」と、婆さんは、しわしわの手で僕の手を包んでくれた。
「お仕事」という言葉にちょっぴり背徳感を感じたが、その手の暖かさに、何だか救われた気がした。
(了)