第50回「小説でもどうぞ」選外佳作 左右 味噌醬一郎


第50回結果発表
課 題
まちがい
※応募数309編
選外佳作
左右 味噌醬一郎
左右 味噌醬一郎
私はスマホを見て雛人形の配置を確かめながら、一つずつそれを棚に並べていった。四段のひな壇は庭にあった植木鉢の棚をよく洗って流用したもの。そこに掛ける赤い布がなかったので我が家の大漁旗。雛人形はネットフリマで探したものだ。でも、これで上出来。ええと、一番上の段が、お内裏様にお雛様。その下が三人官女と。で、その下が、ああ、五人囃子。で、次は、と思っていると。
「ぶあああ! よく寝た! お、かあちゃん、おはよう!」
まあ、一般家庭ではおはようの時間ではない午後四時。
未明から仕事をして、朝酒を飲んでから眠っていた漁師の夫が起きてきたのだ。夫は私が慎重に作業をしているこの応接間のテレビ横にやって来た。
「かあちゃん、何してる? あ。ああ、雛人形かあ。手伝う」
「おとうさんはゆっくりしてて。一人で出来るから」
「いいから。え、あとは、どれよ?」
「もう」
取られちゃった、作業。次は左大臣、右大臣だよ。髭が生えてるおじいさんが左大臣、白塗りの若者が右大臣ね。
「承知。えっと、こうけ?」
「間違い」
「なして?」
「左大臣は右、右大臣は左」
「反対でね? それ」
「見てる側からじゃなくて、本人の側から言ってるんだよ。左大臣、右大臣」
「いやいやいやいや」
私は嫌な予感がぷんぷん。
「それはあまりにも自分本位な。俺らが良ければって発想」
「そういうものってあるよね、でも」
「学校の運動会でよ。体操の手本になる子は前に出て、みんなと左右反対の動きをしてたべ。小学生でもその位の気づかいは出来る」
「同じ土俵で語ること? それ」
「うん。汎用性は必要」
「ふーん」
「あのよ。だとしたらよ、時計はどうなんだってな」
「どういうことよ?」
夫は柱時計を指さした。
「見てみ? 俺たちから見て、時計は右回りだな」
「そうだね」
「でもこれ、雛人形の理屈を借用するとだな、時計側から見ねえとならねえことになる」
「は?」
「左回りでねえか? 時計」
もう。
「誰が時計側から時計を見るのよ。そんなところに人はいない」
「いんやいんや、それだったらお雛様側からこっちを見てる者もいねえべさ。あ」
もしかして始まってしまったかもしれない。夫のいつもの。
「なあなあ、かあちゃん。時計はなんで右回りって言う?」
「だって、それは。あ」
12のところから秒針は右に動く。だから右回り。でも、秒針が3を過ぎ9に届くまで左に動く。でも、9を過ぎるとまた右へ。あれ?じゃ、なんで右回りって言うんだ。
「かあちゃん。常識を疑うことは大事なこと」
「ちょっと待って。私にも考えさせて」
「俺もずっと不思議に思ってた」
「あ。わかったよ」
時計の針の軸のところに人が立ってると仮定すればいいんだ。そこに立ってる人は、いつも時計の針が左から右に動いていくのを眺めていられる。
「どうよ。右回りだよ」
「誰がそんなところに立てるのよ。SFだべな」
「時計回りって言葉があるよね。それでよくない?」
「こっちから見てな」
「あ」
「時計から見たら反対回り」
もう訳が分からない。
「お。俺、今凄いことに気づいた」
「何よ。もう、作業初めていい?」
「あ。はい。手を動かしながらお聞きください」
私は雛人形の道具類を配置しようとしたけれど、もう、集中できない。
「な、右翼左翼って言葉があるべ」
「うん。政治の話?」
「いんや、興味ね。俺が思うのは、それ、どっちから見て、ってこと」
「え?」
「本人たちが俺が右翼だ、と言ってんだとしたら、こっちから見たら左翼だべ。左翼だと言ってんなら、右翼」
「は?」
「右翼に見えてるのが左翼で、左翼に見えてるのが右翼」
何を言ってるんだ。何らかの真理をついてるような、そうでないような。
でも、面倒だからいいや。
「も。早くやんないと。ソフィアが帰ってきちゃう」
「手伝う」
「手伝わないで。起きたらコーヒー飲みたいんじゃない?コーヒー淹れてよ。私も飲みたい」
「はーい」
なんてかいがいしく台所に立つ夫。別に悪い人じゃない。結構優しい。時々めんどくさくなるだけ。私は再びスマホに目を落とし、雛人形を配置していった。左大臣右大臣の次は、仕丁ね。これは床に置こう。で、次が、各種道具類。結構あるな。屏風、雪洞、鏡餅、菱餅、竹に桜。出来た。間に合った。
キキっと自転車のブレーキの音がして、あ、ソフィアが帰ってきた。
「おとうさん、おかあさん。ただいまあ」
制服姿の女子高生は金髪が可愛い十七歳のソフィア。半年間限定で我が家に住む交換留学生だ。今は九月から留学している息子の代わりに子供部屋を使ってもらっている。我が家は一人息子。なので兜人形はあっても雛人形はなかった。今日はソフィアのための雛祭り。彼女が着る着物も用意した。チラシ寿司、ハマグリのお吸い物、甘酒も準備オッケー。ひなあられもある。桜餅も。
ソフィアの声が聞こえると、夫は台所を出てぱたぱたとソフィアを迎えに玄関へ。夫もソフィアが大好きなのだ。
「ソフィア、お帰り。ちと聞きたいことがある」
「なんですか? おとうさん」
「ウルグアイでは右左って逆なんだべか?」
「ケ?」
ソフィアは日本の真裏、ウルグアイからの留学生だった。
何?ってそりゃそうだよね。
でも、おとうさん。その話は一旦、おしまいでよろしく。
今日は楽しい雛祭り。
(了)