第50回「小説でもどうぞ」選外佳作 間違い電話から駒 がみの


第50回結果発表
課 題
まちがい
※応募数309編
選外佳作
間違い電話から駒 がみの
間違い電話から駒 がみの
携帯電話がまだなかった頃の話。
沖縄出身の俺は就職して東京で生活していた。
とある日曜日の午後、部屋の中でまったりしていると、電話がかかってきた。当時は固定電話で、ナンバーディスプレイもなかったので、誰からの電話かわからない。
「はい、比嘉です」
受ける側が最初に名乗るのが礼儀とされていた時代だ。ちなみに、比嘉という名字は沖縄で最も多い名字だ。
「ええーっと、由美子はいるね?」
中年女性のなまった物言いだった。沖縄のなまりのように聞こえる。
「どちらさまですか」
「はっさ、由美子の母親よ」
まちがいなく、沖縄の人だ。しかし、由美子なんて女には心当たりがない。そう伝えると、その女性はいらだちを見せた。
「はあ、何言ってる。由美子があんたのところの電話番号を書いて行ったのに」
なだめながら話をじっくり聞いてみると、沖縄に住むその女性のまだ十八歳の娘が家出をしたと言う。その際に手紙を残していて、東京の友だちのところに行く、友だちの電話番号はこれこれ、と書いていたのだと言う。その電話番号は確かに俺の番号だった。
由美子という娘についてはまったく知らないと言って電話を切ったが、それからも何度も電話がかかってきた。名字から俺が沖縄出身だとわかるので、娘の恋人と疑っていたのだろう。
一週間ぐらい毎晩かかってきたが、その後ぷっつりと止まった。
ようやくあきらめてくれたかとほっとしたが、娘の残した電話番号がなぜ俺の番号と一致したのかはずっと気になっていた。
それからしばらくして、仕事終えて帰ってくると、アパート2階の自分の部屋の明かりが付いていることに気づいた。部屋に入ると台所で若い娘と中年の女性が料理をしていた。
「誰だ」
俺がどなると、中年の女性が振り返った。
「ああ、あんたが比嘉さんね。由美子が世話になってるね」
中年女性は愛想良く笑った。隣の娘が照れくさそうに手招きして隣の部屋に誘った。
「ごめんなさい。電話番号を間違えて書いたら、あなたの電話番号と同じだったらしくて」
「だからと言って、なんであなたたちがこの部屋に」
「最近、私からお母さんに電話した時に、電話番号が間違っていたことに気づいたの。で、お母さんが無理矢理上京してきたんだけど、今住んでいる所をお母さんには知られたくなくて、電話番号からここの住所を調べたの」
そう、当時は電話番号から住所を知ることが出来た。
「だからと言ってどうして勝手に」
「大家さんに母親と妹だと言ったらカギを貸してくれて。お願い、友だちのふりして」
娘の強引さに、俺は何も言い返せなかった。
その娘由美子の母親は、沖縄料理を作っていた。ビールを飲んで酔っ払って、久々に沖縄料理を堪能して、俺はちょっとどうでもいいかなという気持ちになった。
母親は俺の素性を細かく聞いてきた。まあ、娘の同棲相手と思っているのだから、当然だろう。俺もまた馬鹿正直に答えてしまった。
俺がまともな家の出で、まともな会社に勤めていることがわかると、母親は安堵したようだ。満足した顔で帰って行った。しばらくしてから、由美子ももうしわけなさそうな顔で帰っていった。
それから定期的に由美子の母親から沖縄の食べ物などが送られてきた。放任主義のうちの母親と比べると、ほんとにまめだった。まあ、娘と一緒に暮らしていると思っているからだろう。
ある日、仕事から帰ってくると、また部屋の明かりがついていた。また母親が上京してきたのだろうか、そう思ってドアを開けると、中年の男が立っていた。
「おまえが、由美子の男か」
ものすごい形相でにらまれた。
「まだ十八の娘をたぶらかすとはな」
今にも殴りかかりそうな剣幕に俺はびびる。由美子が台所から出てきて、男の前に立ちはだかった。
「お父さん、やめてよ」
予想通り、父親か。当時の十八歳は未成年だ。確かにたぶらかしたと言えるだろう。本当に男女関係があったとすれば。
由美子が父親をなだめて食卓に座らせ、ビールを注いだ。俺も食卓に座らされ、ビールを勧められた。飲み始めて、うまいつまみを出されて、次第に機嫌が良くなった。
「おっ、おまえ、なかなか強いな」
父親もいつの間にか上機嫌になっていた。度数の強い泡盛をロックで飲んでいるうちに、いつの間にか互いに酔い潰れてしまった。
翌朝、父親は俺の肩をたたいて言った。
「由美子を頼むぞ」
「付き合ってくれてありがとう」
由美子はそう言って帰っていった。
何度かそういうことをやっているうちに、由美子とほんとに同棲して結婚してしまった。ひょうたんから駒というやつか。
最初の子が生まれたとき、俺はつぶやいた。
「間違い電話からこうなるなんて、人生っておもしろいな」
すると、由美子が頭を下げた。
「ごめんなさい。実は間違えたんじゃなくて、あなたの知り合いから教えてもらったの」
由美子は俺がまだ地元にいた頃、俺に一目ぼれしてこの計画を立てたのだと言う。
「お母さんたちには教えてない。でも、強引だから、きっとうまくやってくれるだろうと思って」
確かに親子そろって強引だった。うまくやられたものだが、それから三十年、子どもも孫も出来て、今でも夫婦仲よくやっている。
(了)