第50回「小説でもどうぞ」選外佳作 天国不動産 橋本良純


第50回結果発表
課 題
まちがい
※応募数309編
選外佳作
天国不動産 橋本良純
天国不動産 橋本良純
僕は不動産屋のような建物の中で入り口近くの長椅子に座っていた。なんだか床が白くてふわふわしている。
頭の中がぼんやりしている、なぜここにいるのか?そもそも自分って誰だ?そんなことを考えている内に順番が来たのか、店員らしき人に呼ばれた。
窓口に座った僕は、目の前にいる分厚い眼鏡をかけた男性に聞いてみる。
「すみません、変なことを聞きますが、ここはどこで、僕は誰でしょうか?」
目の前の男性は特に驚くこともなく、“あーこのパターンね”という顔でうなずきながら、書類を見ながら答える。
「あなたは加藤健吾様ですね。死因はまだ仮ですが自動車事故の様です。こうゆう突然の死に遭われた方は記憶が飛んでしまっていることがよくあります。順次思い出すはずなので心配しないで下さい」
『事故』そうだ、僕が横断歩道を歩いている途中、信号無視の軽自動車が突っ込んできて……よけようとしたけど車の上に乗り上げて・・・そこからの記憶はない。しかし自分のことを少しは思い出した。僕の名前は加藤健吾27歳の会社員だ。そうか、僕は死んだのか。
「少し思い出されたようですね、では今後の手続きをご説明させて頂きます」
「いや、ちょっと! もう少し感傷に浸らせてもらえませんか?」
「まあまあ、どっちみちもう死んでますから」
確かにそうだけど……僕はあきらめ、話を聞くことにした。
「申し遅れました、私は“矢間”と申します、今回加藤様の担当させて頂きます。さて、早速ですが本題に入ります。加藤様には次に生まれ変わるまでの待機場所となる住居を決めて頂きます」
「天国にも住居があるんですか?」
そりゃそうです、今の加藤様は魂という思念体ですが、意識は生きているときと同じなので、やっぱり自分の部屋がないと落ち着かないですよね」
そうかもしれないけどイメージと違うなあと思いつつ、気になっていたことを矢間さんに聞いた。
「ところで、私、閻魔大王の前で裁きを受けた記憶がないんですが」
「いちいち閻魔大王が裁いていたのなんて昔の話ですね。今はもうAIの自動判別で約95%の人は自動で天国に割り振られます」
天国もDXの時代のようだ。矢間さんはおそらく何万回も聞かれたこの質問に流暢に答えた。
矢間さんと会話している内に、ようやく僕はこの状況に心が追いついてきた気がした。死んだことも存外冷静に受け止めている。人間死んでしまった後になると意外と冷静だなと思った。落ち着いてきたところで僕は聞いた。
「住居って僕が選べるんですか? 一度タワマンに住んでみたかったんですけど」
「天国にタワマンはありませんよ。ここは太陽に近いのであんまり高い建物を建てると危ないんです。それに家のグレードは原則、現世で住んでいた部屋と同じです。例えば1Rを1Kにするくらいはなんとかできますが、それ以上は無理です」
「でもそれじゃ、現世で豪邸に住んでいた人はこっちでも豪邸に住めるってことですか?なんかずるくありません?」
「たとえ豪邸に住めるとしても、死んだ後は自分一人ですからね。寂しいものだと思いますし、極端なお金持ちはそこそこ悪いことしている人も多いので……ね」
矢間さんは少し悪い顔で親指を下に向けるポーズをしながら言った。ちょっと背筋が寒くなった。
矢間さんはバインダーの書類をパラパラとめくり、住居の紹介を始めた。
その後、三件ほど内見もして、ここから徒歩十分の1Kのマンションに落ち着いた。トイレバスが別なのはありがたい」
「スムーズに決まってよかったです。最近はごねる人も多くて」
矢間さんは笑いながら、契約手続きを進め始めた。ここでは契約は全て拇印を押すらしく、最後に親指で拇印を押そうとしたがなぜか朱肉がまったく指につかない。
「あれ? おかしいですね。ちょっと待ってください」
矢間さんが僕の親指をじっと見て、慌てたように奥のPCで何かを検索しだした。
「なんてこった! 加藤様はまだ亡くなってません。意識不明で病院に入院してますが、死ぬほどの怪我でもないようです。一時的にショックで魂が離れたのが天国まで来てしまったようで、ああ、新人が間違えて死亡手続きしたな」
矢間さんは言ってから舌打ちをした。
「え? ということはどうなります?」
「ここにいたときの記憶を消してすぐにお体の方に戻って頂きます。今なら間に合いますので、急いで‼」
そう言って矢間さんが僕の頭の上に浮いている輪っかをとった瞬間に、フワフワしていた地面が抜け、僕は真っ逆さまに下に落ち、病院のベッドで寝ている自分の体にぶつかっていった。
事故で頭に衝撃を受けて意識不明の僕であったが、体の方は腕の骨折と背中の打撲ですんでおり、しばらくして僕は退院し自分の部屋に戻った。
なにか変な夢を見ていた気がするが思い出せない。ただ、なぜかもう少し頑張って広い部屋に引っ越そうと思った。
(了)