公募/コンテスト/コンペ情報なら「Koubo」

第50回「小説でもどうぞ」選外佳作 ラッコの悪魔 昂機

タグ
小説
小説でもどうぞ
第50回結果発表
課 題

まちがい

※応募数309編
選外佳作 

ラッコの悪魔 
昂機

 血の魔法陣からラッコが現れた。俺は大魔王ルシファーをんだのに!
「なぜだ! 苦労した儀式が水の泡じゃないか!」
「ここです、ここ」
 流暢にしゃべるラッコは、尻尾で魔法陣の一部をパァンと叩いた。
「書かなきゃいけないアルファベット、一文字違いますよ。こりゃだめですね。電話番号を間違えてしまったようなものです」
 まさか! 魔法書のお手本と比べてみると、確かにMとNを間違えている。ああ、俺はいつもこうだ。会社でもミスが多くて、毎日毎日上司にどやされている。
「ああ、最悪だ。ラッコを呼び出すなんて……」
 儀式の材料を手に入れるのに一年も掛かったのに。黒蜥蜴や二百年前に作られた銀の指輪なんてまだいい方で、一番大変なのは生き物の血だった。動物を傷つけるのは忍びなさすぎて、自分の血で賄ったのだ。カッターで指先を切って、少しずつ……もう一度召喚をやり直す気にはならない。
「いいじゃないですか。ラッコはラッコでも、悪魔のラッコです。結構役に立ちますよ」
 カツンッ! ラッコは腹に乗せている石を叩く。
「……悪魔は魂を対価にすればなんでも願いを叶えてくれると聞く。金や名誉、誰かの死も思いのままだと」
「ええ、普通の悪魔ならね。でも私は普通の悪魔ではなく、ラッコなので」
 またカツンッ!
「できることは一つ。この石で叩いたものをこの世から消し去る、ただそれだけ」
「本当か? やってみせてくれ」
 俺は手近にあったスマホを差し出した。ラッコはもふもふの手でそれを器用に掴む。
「ではよぉく見ててくださいね」
 カツンッ! ……本当だ。石で叩かれた瞬間、俺のスマホは跡形もなく消えた。
「なるほど。嘘はついていないようだな。よし、スマホを返せ」
「無理ですよ、消しちゃったんですから」
 一人と一匹でしばし沈黙。
「なら最初からそう言えよ!」
「消し去るだけと最初に言ったでしょう!」
 クソッ、悪魔は狡い生き物だ。スマホをなくしたのは痛すぎるが、仕方ない。切り替えていこう。
「……その能力が本物だということは分かった。お前に頼みたいことは、復讐だ」
「おおっ、いいですね。悪魔の仕事っぽくなってきましたよ」
 復讐相手……それは俺の彼女を奪った男・田中だ。ちょっと顔がいいからって、調子に乗りやがって。俺はやつが本当に許せない。やつに復讐できるなら、悪魔に魂を売ってもいいくらいに。
「お前の能力を使って、その男を消してもらいたい」
「ではその男をここへ連れてきてください。一瞬で消してごらんにいれましょう」
 そうと決まればさっそく行動だ。まずは田中を呼び出さなければ。
「……」
「どうしました?」
「スマホがないと連絡できない」
 どうして俺はこうなんだ?

 数日後、新たなスマホを手に入れなんとか田中を呼び出すことに成功した。ここからが重要だ。俺はリビングに寝転がっているラッコに無言で目配せした。この憎き相手を、どうにかラッコの手が届く範囲まで連れて行かなければならない。
「適当に寛いでくれよ。ラッコ撫でてもらってもいいぜ。こいつ、撫でられるの好きなんだ」
 田中はラッコを見て沈黙している。その目は鋭い。まさか、俺の計画が悟られたのか?
「なあ、自宅に招待してもらって、こんなことを言うのは申し訳ないんだが」
「あ、ああ。どうした?」
 ごくりと唾を飲む。どうすればいい。
「……ラッコは、家庭での飼育が許可されていない。これは立派な法律違反だ」
 そ、そうなのか? 知らなかった。そもそも飼育しているわけじゃないんだが……。田中は俺の肩を強く掴んだ。
「警察には黙っておく。だから然るべき機関に預かってもらおう。俺、知り合いに獣医師がいるから相談してみるよ」
「え、いや、その……」
「きっと大丈夫だ。また連絡するから!」
 そう言って田中は部屋を出て行ってしまった。取り残された俺に、ラッコは気まずそうな目を向ける。
「……親切な方ですね」
「ああ。昔からお節介で、優しくて……元カノも、だからあいつに惹かれたんだろうな。こんな俺より」
 俺はいつもミスばかりで、田中のような優しさも持ち合わせていない。しかも仕事が忙しいのを言い訳にして、彼女とろくに連絡も取っていなかった。これじゃ捨てられるのも当然だ。
「分かってる、分かってるんだよ……田中を恨んでもしょうがないって……」
 駄目だ、不甲斐なさすぎて涙が出てきた。溢れ出る涙を、シャツの袖で拭う。
「呼び出しておいて悪いが、帰ってくれないか……もう復讐する気が失せたんだ」
 すべてが虚しかった。俺は何をしていたんだろう。
「……分かりました。最後にお別れの握手をしましょう」
 ラッコはふかふかの手を差し出した。少しの間でも目標を共にした仲間だ。俺は敬意を持ってその手を握った。……握ろうとした。
 カツンッ! ラッコの石が俺の頭を叩く。
「これであなたの頭に残っていた悲しい記憶は消え去りました。力加減を間違えなければ、こんなこともできるんです。さあ、これからは前向きに生きてください」
 俺は目の前で微笑むラッコを見る。先ほどまで心に渦巻いていた暗い気持ちは、完全にどこかへと吹き飛んでいた。
 しかし。
「……なんでラッコがここにいるんだ?」
「ちょっと強く叩きすぎたかも」
(了)