第15回W選考委員版「小説でもどうぞ」佳作 令和とりかへばや物語 丹波らる


第15回結果発表
課 題
勘違い
※応募数275編
丹波らる
ミライAI産科病院は本日も行列である。最新AIを導入した独自の不妊治療法を確立し、世界中から視察が来るほどである。妊娠を望む夫婦はAI医師と面談し、氏名・住所・職業・趣味・SNSアカウントなどを答えていく。生身の人間の医師と直接話すことがないから、プライバシー保護が万全だと人気なのである。面談後に各夫婦へ最適な治療法をAI医師が計算し提案する流れである。
多くの妊婦が行き交う病棟内で、鷹田葉奈子が大きくなったお腹を両手で支えながら、控室で待っていた。夫の貴司は傍らでスマホをいじっている。ロボット看護師がゆっくりと診察室からでてきた。
「たいへんお待たせしました。つぎのかた、どうぞ」
「はい」
夫の手を借りずに立ったのは葉奈子だった。不妊治療で有名なこの病院で、人工受精を選択し、何度目かのトライで妊娠できたのだった。分娩室に案内され、お腹に負担のないようにゆっくり横たわる。となりには貴司が立ってくれている。でも、病院に着く前からスマホばかり見ているではないか。葉奈子はいたたまれない気持ちで話しかける。
「貴司は、もし男の子が産まれたらなにをしたかったの?」
「まあ、仕事の跡取りにはなるな。でも女なんだろ」
「いまの時代、跡取りに性別は関係ないよ」
「まあね」
そう言い残すと貴司はスマホを耳に当て、分娩室を出て行った。たぶん大事な取引先からの電話なのだろう。急に、葉奈子を陣痛がおそう。それから三十分後、無事に元気な女の子が生まれた。葉奈子は愛娘に、大ファンの大谷翔平にちなんで翔子と名付ける。
出産後もあいかわらず夫の貴司は忙しくしている。生活費は十分ぐらいに渡してくれるが、出張の数も多く家族三人いっしょに過ごす時間はほとんどなかった。翔子も貴司にあまり馴染んでいない。娘とふたりきりの時間が増えるにつれ、結婚とともに保育士の仕事を辞めてしまったことを後悔する時間が増えていった。悩んだ葉奈子は、翔子が二歳で保育園へ入るタイミングで、ふたたび保育士として働きたいと貴司に相談した。「すきにすれば」と返答はそっけない。最近、なにを相談してもつれない返事だ。そもそも夫の同意など必要ないではないか。葉奈子はそう考え、再就職を決意した。
働き始めて一年が過ぎたころ、葉奈子はあることに気が付いた。愛娘の翔子の顔がなんとなくだが親に似ていないのだ。血液型などは問題ないが、どことなく似ていない違和感が襲う。テレビで赤ちゃんの取り違えのニュースを見るたびに心配になるじぶんがいた。しかし仕事で忙しい貴司には相談できる雰囲気ではない。迷った葉奈子は、勤務先の保育園の上司に相談した。ここは翔子も預けている保育園だし、なにかと相談しやすいのだ。そこの保育士主任の丸山敬一郎に相談した。
「最近、葉奈子さんの表情が暗くて心配でした。そうなのですね……病院で赤ちゃんの取り違えがあったかもしれないのですね。病院に問い合わせは?」
「何度もしました。でもAIスタッフからの返答だからか、なんか冷たくて……ミスはございませんの一辺倒なんです。いちど枕元にある夫の髪の毛を拾って、ミライAI産科病院に持って行ったんです。オプション代を払ってDNA検査してくれたけど、DNAは一致していました。あそこは最先端の病院だから、間違いないとは思うのですが……」
「そうなのですね。実は僕もあそこの病院で子どもをさずかったのですが。うちに関してはそんなことないと思いますが……。といっても妻は浮気をして息子を連れて出て行っちゃったから、確信はないのですけどね。あらら、余計なこといっちゃったかな」
そういうと丸山は恥ずかしそうに頭をかきながら笑った。
「主任さんは離婚されていたのですね。あっ、すみません。なんだか余計なことを聞いちゃって。でも主任もあそこの病院なんですね。なぜかわからないけれどすこし安心しました」
「またなにかあったらいつでも相談してくださいね」
相談を終え、葉奈子は意を決しふたたび貴司の髪の毛を集めると、ミライAI病院とは違う検査機関病院へ持っていった。第三者の目線でDNA検査をするためだ。
結果をきいて葉奈子は驚いた。貴司と翔子のDNAは一致しなかった。やはりミライAI産科病院は、取り違えていたんだ。私と翔子とのDNAは一致しているから、かんがえられる可能性は、人工受精のときに貴司と違う精子に取り違えたことだ。衝撃の結果で、葉奈子は眩暈を感じた。さっそくミライAI産科病院に電話する。しかし想像以上に紋切り型の説明だった。それでもなんとか病院との話し合いの場が設けられることになった。貴司に相談しないと……しかし暗い気分になった。
出張から帰ってきた貴司は、DNA鑑定書とミライAI産科病院からの説明文を見てもやはり無関心だった。
「つまりは人工受精のときに精子の取り違えミスがあったってことか。で、俺はどうすればいいんだ?」
「だから、その話し合いが今度病院であるから、いっしょに来てほしいのよ」
「……」
貴司はけっきょく来なかった。どうしても外せない出張らしい。これから翔子に辛い思いをさせることを考えると、葉奈子は胃が痛くなった。チャイムがなり、おもむろにAI医師が目の前のディスプレイ画面に現れた。
「本日は二組のご家族にお集まりいただきました。人工受精の際、精子の取り違えがありました」
AI医師の淡々とした説明を聞きながら、葉奈子は隣の夫婦を見た。擦りガラスの仕切りがあったので相手夫婦の表情はよくわからない。淡々とAI医師の経過説明がつづく。そこに、取り違えのミスをしたという反省点は毛頭感じない。取り違えも含めて計算通りといったような高慢ささえ感じる。葉奈子は徐々にこの病院を選んだことを後悔し始めていた。最新AIの計算による不妊治療なのだからミスがないとおもったのに。取り違えで二組の夫婦の人生、とくに子どもたちの人生が翻弄されているのになんて冷淡な説明なんだ。擦りガラス越しの向こうの夫婦も怒り心頭に違いない。しかしこんな大事なときに貴司はいない。出張といいつつ浮気でもしているに違いない。そういえばそんな証拠がクレジットカードの明細からちらほらと見つかってはいる。出張とは関係のない遊園地や水族館に行っているみたいだった。翔子とは遊ばずに、他の女と水族館に行っているんだ。だんだん葉奈子は怒りが増してきた。このまま離婚して、わたしひとりでも愛情を注いで翔子を育てよう。
AI医師の説明が終わり、こんどはディスプレイ画面にAI弁護士が現れた。今後の対応について法律上の観点からも含めて、相手夫婦と話しあうことを促された。親子関係とは医学的、法律的ではなく、愛情がいちばん大切な要素なのに……。葉奈子はおおきな溜息をついた。
ブザーが鳴り、摺りガラスの仕切りが左右に開いていく。葉奈子が相手夫婦を確認する前に翔子がいちもくさんに走りだして男性に飛びついた。
「まるやませんせい!」
となりにいた夫婦は、葉奈子の保育園の丸山主任だった。取り違えの相手は丸山主任だったのだ。主任の横にいる女性は、浮気が原因で離婚したという元妻だろうか? こちらには一瞥もくれずスマホをいじっている。だれかと電話しようとしているみたいだ。
「もしもし、タカシ? 今から合流するね。うちの子が遊園地たのしみにしてるから」
(了)