第15回W選考委員版「小説でもどうぞ」発表 高橋源一郎&椎名誠 公開選考会


1951年、広島県生まれ。1981年『さようなら、ギャングたち』でデビュー。すばる文学賞、日本ファンタジーノベル大賞、文藝賞などの選考委員を歴任。
1944年東京生まれ。1979年『さらば国分寺書店のオババ』でデビュー。『犬の系譜』『岳物語』『アド・バード』『哀愁の町に霧が降るのだ』など著書多数。
主人公ではなく読者
だが、それもいい
意外性が欲しい
高橋突然、「僕」は誘拐されます。周りには同じように誘拐されている者たちの気配があり、みんなと話しているうちに共通点がわかってきます。全員天涯孤独だと。これはどういうことだろうとみんな不安になるわけですね。売り飛ばされるのだろうか。生体実験の材料にされるのだろうか。内臓を売られるのだろうかと、いろいろ恐ろしい想像をしているうちに男が入ってきて、薬を嗅がされて意識が薄れていきます。
気がつくと○○がなくなっている。この○○はおそらく睾丸のことですね。つまり、これは野良猫が捕まって去勢されたって話なんですね。よく読むと〈食うにも困る生活ではあったけど、自由でそれなりに楽しい暮らしだったのに〉などヒントが書かれています。
猫たちが勘違いしたというより、読者が勘違いしたというふうには読みましたが、面白かったのと、ちょっと意外性もありましたので、△プラスとします。
椎名超ショートショートの現代版『吾輩は猫である』みたいなもんで、断片を切り取った話です。こういう書き方をすると、え? なんだろうという気持ちが大きくなる。言葉のやりとりで読む人を騙そうとしているわけですが、それだけの話です。切れ味はあると思いましたが、評価は△です。
椎名不妊治療をしたら別の男性の精子と入れ違えられたという意味では、現代の難しく深刻な問題を扱っていると思って読んでいました。みんなが勘違いしているわけですから、課題の「勘違い」と合っていると思いますが、切れ味はあまりありませんので、これも△です。
高橋AIと不妊治療という題材でロボット看護師が登場し、いろいろ新しいものを取りそろえています。夫婦の間がうまくいってないという問題や再就職の問題もでてきますが、結局、父親と子どものDNAが一致していないという話です。それでどうなるのかと思ったら、夫の精子と取り違えられたのは妻が再就職した先の上司の精子だったと。そこまで複雑にする必要があるんでしょうか。無理やり感があります。しかも、上司の別れた奥さんが自分の夫と浮気しているらしいって、それはちょっとやりすぎかな。僕も△です。
高橋パパが落ち込んで帰ってきて、なぜかというとおじいさんと言われたと。娘にも「八十歳!」と言われ、パパは一生懸命に若作りして若返ります。それでパパに恋人ができ、「私」は非常に複雑な気持ちになりますが、パパは女を家に連れてきて「私」に紹介する。マジで?と思うと、なんと「私」というのは遺骨と遺影でした。この結末は予想できませんでした。読み返してみると確かに夫婦で会話していない、一方的に話しているだけだとわかります。なかなか上手だと思います。
でも、これも勘違いをしているのは読者なんですよね。パパも娘も勘違いしていません。そこだけがちょっと気になりますが、でも、それもいいかなと思います。○まではいきませんが、△プラスです。
椎名してやられたなと思いましたが、主人公の「私」が亡くなってどれくらい経っているのかが気になります。だいぶ経っているのなら、いつまで遺骨を置いておくのかなと余計なことを心配してしまった。あざといと言えばあざといですが、これだけの枚数でよくやったと評価していいんじゃないか。△プラスです。
ドタバタコントでも
いいのだが
面白がれるかどうか
椎名これは正直に言いますと、何を言いたいのかよくわからなかった。すごい引っかけがあるのかどうか。高橋さんはどうみましたか。
高橋僕の評価は△?です。これは要するに「黒ひげ危機一髪」ですよね。あのゲームの黒ひげを監督に替えたワンアイデアの話ですよ。要はナンセンスです。だからまともに読んではいけないんです。「黒ひげ危機一髪」を監督でやったというギャグみたいなものだから、これを面白がれるかどうかです。すごく面白いと思う人もいるかもしれませんが、面白くないという人には無理という作品です。
椎名なるほど、わかりました。僕は×です。
高橋先輩に呼び出されて締められますが、先輩は勤務先の社長でもあるので文句を言えません。謝るということしかしない。この日、先輩は「なんであんなことを言った?」と言うので、なんのことかわからないまま謝ると、先輩は主人公が転職したいと言っていると勘違いしている。それで「スミマセン」と言うと、それが同意表明だと思われます。全部逆効果になる。先輩の意図を勘違いした結果、苦しい状況に追い込まれる。そこまではわかりますが、最後に会社を辞めることになり、自由な翼を手に入れて町を出るって、これまでの話と結びついてない。性格も最初と最後で違っていますよね。これはいくら短編でも無理があります。×に近い△マイナスです。
椎名主人公が何をしたいのかわからなかった。切れ味が悪いですね。僕は△です。
椎名これも正直言うとね、読んでいてなんだかわからなかった。何が起きて、何が言いたいのか。ショートショートの中では 一番大事なことが伝わってこなかった。現代の若い人たちの小説に対する考えなのか、よくわからない展開をさせるのを格好いいと思っているのか。
高橋これは母子家庭と父子家庭の話ですよね。母子家庭の男の子と父子家庭の女の子が学級委員になって仲良くなり、男の子は女の子のことを好きらしい。それで父子家庭の女の子のお父さんが再婚するらしく、その相手がどうも自分の母親らしいと勘違いしますが、向こうのお父さんは別の女性と再婚し、自分のお母さんは指輪のケースに胆石を入れていたというドタバタですよね。小説というよりドタバタコントです。いろいろ問題が起きますが、最後はすべて解決して可愛いらしく終わるという系統のお話ですね。△です。
椎名無理やり理解しなければならないのはつらい。僕も△です。
小説を作ることを
あと回しにしない
唯一小説らしい作品
高橋深夜に歩いていたら、目の前に若い女の子が歩いていてふらふらしている。おそらく就活で遅くなったんだろうと思いながら、痴漢に間違えられないように近づかないでいましたが、女の子が倒れそうになったので思わず手を出したら痴漢と言われます。
それだけで済めばいいですが、女の子はなんとスタンガンを持っていて電流を浴びせます。後ろをつけてきたと言われても帰り道が一緒だし、ハァハァと匂いを嗅いでいたというのは溜め息だし、盗撮しやがってと言ったってスマホを触っていただけだし、自分がやっていた行動がすべて悪意として取られている。石で殴られて死にそうになり、最後に救急車を呼んでもらうと、彼女が「死なないでください」と言う。反省したのではなく、前科がつくと就職に差し障るからというかなりブラックなオチです。切れ味がよくて、○に近い△プラスです。
椎名この作品はそれなりに技があると思いますね。今、ストーカーが社会問題になっていますが、ストレートに社会問題を扱った作品がやっとでてきたかと思いました。何が行われたのかというところが面白かったです。夜道の雰囲気の描写もよく書けています。今までの作品とは違うなということで、やっと○をつけたい。
高橋やっと○をつけたいものが二人に出てきました。
椎名今までのは変形というか、ちょっと歪めたような作品が多かったですが、その中にあってこれはすごくストレートな作品でした。古典的と言えば古典ですが、しかし、少年と祭りを組み合わせるのはなかなか技アリでね。この作者は描写もけっこう上手ですね。情景描写がちゃんとできています。小説らしいのは、この作品が唯一じゃないのかね。子どもと手を握った描写も別格だし、こういう展開になるとは思わなかった。感心しました。僕はこの作品が最高点、○ですね。
高橋これが一番小説らしい小説ですね。今回は「勘違い」という課題で、難しかったかもしれません。勘違いを入れ込まなければいけないということで、無理が出てきて、結局、小説を作ることがあと回しになってしまっている作品が多かった。ほかの作品はコントやオチのある話でしたが、これは短いけど小説になっています。なかなか美しくて、短い中で、多分何十年か時間が過ぎているわけですね。この時間が過ぎている感じが屋台で表現されています。僕も○です。
椎名昔の屋台との違いを三つしか挙げていませんが、うまいなと思いました。最初の数編はどうなることかと思いましたが、こういう作品があって安心しました。
高橋勘違いという言葉のレベルが高いですね。課題があるとどうしてもお話として完結させなければいけないので、きちっとオチをつけるとか、どうしても形式が最初に来てしまう場合があって、小説としての出来があと回しになってしまうんですが。
椎名そうですね。大変ですよ。障害物がいっぱいあるから。
高橋それなのにこの作品はショートショートという枠を超えてお話になっていて、この勘違いは随分レベルの高い勘違いだなと。僕らが思うような普通の勘違いから次元の違う勘違いにまで格上げした感じです。
椎名無理がないと思いますね。落ち着いた勘違いというのかな。
高橋これはもう最後の作品が二人とも○ということで、最優秀賞でいいのではないでしょうか。
