第15回W選考委員版「小説でもどうぞ」佳作 若作り 草浦ショウ


第15回結果発表
課 題
勘違い
※応募数275編
草浦ショウ
パパが酷く落ち込んだ様子で帰ってきた。
カナに何かあったのかと思って焦ったけど、足元で楽しそうに踊っていたのでホッとした。
パパ曰く、河川敷でカナと手を繋いで歩いていると、人の良さそうな老夫婦にこう言われたそうだ。
『可愛いお孫さんですね』
「ねえママ。俺、まだ四十四だよ?」
「うーん……でも自業自得じゃない?」
数年前からパパは、一切のお洒落をしなくなっていた。髪だって千円カットの上、白髪もそのまま。もちろんスキンケアなんてせず、肌はいつもガサガサでシミだらけ。目の下のクマもひどい。おまけに慢性的な運動不足がたたり、身体がダルダルだ。
「まあ、流石にまだおじいちゃんには見えないけどさ」
「正直に言って欲しい。パパ、いくつくらいに見える?」
「定年間近の冴えないおじさんって感じ」
「八十歳!」
カナがそう叫んだ後、一人で爆笑しだした。
一方、パパはすっかり押し黙ってしまった。
「パパ、大丈夫?」
カナが心配そうにパパを見上げる。彼女なりに「やり過ぎた」と思ったのかもしれない。
「よし、決めた! 俺は今日から、全力で若作りをする!」
パパが意を決したような表情で、妙な宣言をしだした。カナはぽかんとしている。
「若作りって……まあ、身だしなみに気を配るのは良いことだけど」
「目標は、アラサーに見られること!」
「はいはい。まあ、がんばってみたら?」
どうせ長続きしないだろうけど、という二の句は心の内に閉まっておいた。
だけど驚くべきことに、私の予想は外れた。
パパは美容に関するネットの情報を熱心に読み込むと、化粧水、乳液、日焼け止め、シミ隠し用のクリームなどをまとめて購入し、毎日欠かさず使うようになった。加えて、美容院で爽やかな髪型にしてもらい、白髪もしっかりと染め、ついでに眉の形も整えた。
また、数年振りにセレクトショップに出向き、店員に勧められるがまま、上から下までを揃えてきた。幸いなことに、その店員はセンスが良かったようで、よく似合っていた。
更に、毎朝のジョギングと自重トレーニングを半年間コツコツと続けることで、ダルダルだった身体を引き締めることに成功した。
パパは、やればできる男だったのだ。正直、惚れ直した。
――なのに、最近、パパの様子がおかしい。
妙に浮き足立っていて、挙動不審だ。
スマホを見ながら急にニヤニヤしだしたかと思えば、こちらをチラリと見て、微妙な表情を浮かべながら目を逸らしたりする。
そして、彼の部屋から時々、電話と思われる話し声が聞こえてくるようになった。声のトーンから察するに、恐らく仕事ではない。
では友達だろうか? いや、私の記憶では、彼には友達なんて殆どいなかったはずだ。
それなのに最近、彼は休日に出かけるようになった。身だしなみを気にしながら。
鈍感な私でも、流石に分かる。女だ。
心の中で、様々な感情がせめぎ合う。
悔しい、腹が立つ、悲しい、嬉しい。
その日。パパが女を家に連れてきた。
カナと三人で、和室にいる私の前に座り、パパは少し緊張した様子で話し始めた。
「ねえママ。今日は報告があります」
「うん」
「この歳で少し恥ずかしいんだけどさ、俺、その……恋人ができたんだ」
「そっか」
「あの……裕子と申します」
女が横から挨拶をしてきた。私と違っておとなしそう。でも、優しそうな目をしてる。
「裕子さんとは、結婚を前提にお付き合いをしてる……カナのことも、可愛がってくれてるよ」
「あのね、今日は動物園行った!」
「そう。良かったね、カナ」
本当に良かった。
老夫婦の勘違いがなかったら、パパはいつまでも自分を雑に扱っていただろうし、きっと裕子さんとも上手くいかなかった。
彼は私の分まで精一杯頑張ってくれていたし、カナとの暮らしも楽しそうだった。だけど時々、私の前で静かに泣き続ける夜があることが気がかりだった。
だから、二人の幸せそうな表情を見て安心した。裕子さんになら、二人を任せられる。
「それじゃ、そろそろ邪魔者は消えますかね。あーあ、ようやく成仏できるわ」
私は、自分の遺骨と遺影の前から立ち去る三人の背中を見つめながらそう呟く。
すると、不意にカナがこちらを振り返った。
「ママ、バイバイ」
「……バイバイ」
私はそっと手を振る。
死人は涙を流せないと知った。
(了)