第15回W選考委員版「小説でもどうぞ」佳作 翼 苗育果来


第15回結果発表
課 題
勘違い
※応募数275編
苗育果来
先輩に呼び出された。日曜の夜、誰もいない公園に足を踏み入れると、木枯らしが頬を打った。悪い予感がした。
「お前さァ、何であんなこと言った?」
後から現れた先輩は一言で俺を追い詰めた。
「あんなこと」って何だ? 思い当たることが何一つない。俺は焦った。
だが、先輩には逆らえない。とりあえず「スミマセン」を繰り返すしかなかった。スミマセンと言ってしまうと、俺が何か言ったことを認めることになる。それでも、「先輩のカン違いです」とは言えなかった。
なぜなら、先輩は俺が勤める小さな建設会社の社長だからだ。田舎町のブラック企業のワンマン社長と社員の関係。絶対的な上下関係が先輩と俺の間にはあった。
俺にとって先輩の会社は唯一の働き口だった。他に就職先があれば先輩に頼らずに生きていけるのに。先輩にすがる生き方しか選べない自分が情けなく、唇を噛んだ。
「お前にはガッカリだよ」
先輩はオーバーに両手を広げて嘆いてみせた。ガッカリで済む話なのか? 「殺すぞ」とすごまれるような話ではない様子で、俺は安堵した。では一体、俺は何を言ったことになっているのか? それを探ることにした。
俺は用心深い性格で、失言しない。なので、誰かのコトバを俺の発言だと先輩が勘違いしていることは間違いなかった。
どうせ先輩が居酒屋にキープしている焼酎のボトルのことだろう、と俺は推理した。
先輩はいつも俺たちに「勝手に飲んでいい」と言ってくれるが、実際は一センチでも焼酎の量が目減りしていると機嫌が悪くなった。社長として懐の深さをアピールしたいのだろうが、これでは逆効果だ。俺ら社員はみんな「ケチ社長」と心の中で思っていた。
きっと誰かが陰で言った「ケチ」というコトバが、最終的に俺が「言った」ことになったのだろう。
そんなことを考えていると、先輩はさっき火を着けたばかりのタバコを足元に捨て、もみ消した。先輩は俺をじっとにらみ「ふぅ」とため息をつくと、話を切り出した。
「アニキの会社に転職したいんだって?」
「エッ!」
唐突に予想外のことを言われ、「はァ?」という顔になってしまった。転職なんて話は誰にもしたことがないし、考えたこともない。
「何だよ、その顔?」
先輩がムッとした表情になり、俺は慌ててとってつけた笑顔を見せた。「スミマセン」を繰り返してやり過ごそうとしたのは完全な失策だと気づいた。やっちまったぞ!
先輩が「アニキ」と呼ぶ人が経営する土木工事会社は地元で有名な悪徳企業で、あらゆる法令違反を犯していた。誰が好き好んであんな会社に転職なんかするもんか! 入社するのはよほどアニキに借りがある人か、会社の悪評を知らない県外の人だろう。
俺が繰り返した「スミマセン」はアニキの会社への完全移籍の決意表明だと思われたはずだ。これはヤバすぎる。「スミマセン」をどう撤回するか? 俺は頭をフル回転して、これからの人生設計に関わる大問題に立ち向かった。転職なんて絶対にイヤだ!
とりあえずキッパリと発言を否定することにした。
「転職の話は言ってないです」
俺は先輩がキープしている焼酎についての話にすり替えることにした。
「先輩がキープしてる焼酎があるじゃないですか。あれ、マジで好きなだけ飲んだら怒りますよね? だから、ケチだなって言いました」
そこそこ怒られるかもしれないが転職の話よりは一兆倍マシだと思った。
すると、先輩の顔が紅潮してきた。
「お前さ、そんなこと言ったの?」
どうやら逆鱗に触れたようだ。
「もうお前とは笑って酒を飲めねえな。そんなヤツともう一緒に働けねぇ」
突然、クビを宣告された。
「それはないっす! クビはやめて下さい」
俺は涙目で先輩にすがりついた。だが、先輩は俺の腕を手荒く振り払った。
「ダメだ! だったらお前さ、一度アニキの会社に入って根性叩き直してこい。そしたらオレも許してやっから」
何をどう弁解したところで、「アニキの会社に入る」という選択肢に向かっているようだった。先輩は最初から俺をアニキの会社に引き渡すつもりで呼び出したのだろう。
そのとき、俺は決心した。
「この町を出る」
先輩に服従する生き方しかない。そんな思い込みはヒドイ勘違いだと気づいたのだ。
「自由な翼を手に入れた」
俺はそう感じて、逃げる踵に重心を置いた。
(了)