第15回W選考委員版「小説でもどうぞ」佳作 夜道は危険 須古井翔


第15回結果発表
課 題
勘違い
※応募数275編
須古井翔
深夜一時。街灯の少ない歩道で、俺は残業の疲れを体から追い出すかのように深い溜め息をついた。もちろんそんなことをしても体の疲れが取れるわけもない。ああ、ここ最近まともに睡眠を取ってない。気持ちが憂鬱になってくる。なんのために働くのか、生きるために働いているのではなく働くために生きているんじゃないのか。いやいや、明日は久々の休みなんだ。しっかり眠って月曜日に備えよう。
リクルートスーツを来た女性が俺の少し前を歩いているのに気づいた。ああ、こんな時間までご苦労なこった。このご時世、就活も大変だろう。
俺ももっと就活頑張ればまた違った仕事に就けたのかもなぁ。もっと頑張ればよかった。過去の自分に恨み節を吐いても仕方ないのに。
俺は女性に痴漢だとかに間違われないように少し距離を取った。
しかし女は千鳥足でよろよろと歩いている。わかった。こいつ、就活の帰りに仲間と酒でも飲んだんだ。ハッ、いいご身分なもんで。
俺はポケットに入れたスマホの振動に気づいた。どうせ休日出勤の連絡だと思ったが無視することはできなかった。なぜだろうか。自分でもわからないなにかに行動が支配されている。
画面を見ると、やはり休日出勤の命令だった。俺はせめてもの反抗に「了解しました」とだけ返事を打った。
スマホから視線を上げると、女性が車道によろけていた。危ない。俺は咄嗟に駆け寄り彼女の手を取った。交通量が少ないとはいえ、酔っ払った女性を車道に出すわけにはいかない。
「痴漢!」
彼女の甲高い声とバチンという音が俺の体に響いた。俺は思わず尻もちをついた。なんだ、何が起きた?
彼女の手にあるのはスタンガンだった。
「痴漢! 痴漢! 痴漢!」
彼女がそう叫びながら俺に電流を浴びせてくる。一撃一撃は大したことないが、絶えず浴びせられる電流に抵抗することは難しかった。
「なんで! なんで私ばっかり! なんで私ばっかり不幸な目に遭うの!?」
違うんだ、誤解なんだ、と言う暇さえ与えてくれない。
俺はがむしゃらに手を動かし彼女のスタンガンを振り払った。
「……ひっ……」
短い悲鳴があがる。
「違うんです。誤解なんです」
「なにが誤解だ! みんなみんな最低だ!」
頭に響く衝撃。じんわりと血が体の外へ流れるのがわかる。
なんだ?
彼女の手には拳ほどの石が握られていた。
それを両手で、俺の頭に何度も何度も打ち付けた。
鈍い痛みが頭を襲う。もう脳まで達しているんじゃないだろうかと思うほどだ。バキボキと聞き慣れない音が頭の中から聞こえる。
「ずっと後ろつけてきやがって!」
違うそれは帰り道が同じで。
「ハァハァって匂い嗅いでいたんだろ!」
それはため息だ。匂いが嗅げるほど近くにはいない。
「盗撮しやがって!」
心当たりがない。スマホか? スマホを触っていたからか?
「死んじゃえ! 死んじゃえ! 死んじゃえ! みんな死んじゃえ! 全員死ね!」
彼女から容赦のない攻撃を食らう。何かが弾ける音がしたのはどちらかの眼球の割れる音だろうか。
意識が遠のく。彼女のことを見ていたはずなのに気づけば俺は夜空を見ていた。星空の下、石が降ってくる。そして痛みが襲う。
彼女が息を切らした。もうここしかない。痛みを堪えて俺はなんとか口を開いた。
「――違うんです。痴漢じゃありません。道路によろけたから咄嗟に助けようと思って」
「え? そうなんですか」
彼女の声色が変わった。
「どうしよう!? どうしよう!?」
「えっと、まず救急車をお願いします」
俺の声は彼女に届いている様子はない。
「えっとえっと」
彼女は俺の手を握った。なんの理由かわからないその手を俺は振り払うことも握り返すこともできなかった。
「お願いします。死なないでください」
俺だって死にたくない。けど、もうだめっぽい。まぶたが重い。光が消えていく。
「お願いします。前科がつくと就職できないじゃないですか!」
(了)