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第15回W選考委員版「小説でもどうぞ」選外佳作 微笑み 和久井義夫

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小説でもどうぞ
結果発表
第15回結果発表
課 題

勘違い

※応募数275編
選外佳作
 微笑み 和久井義夫

 僕は私鉄電車の改札を出て駅のコンコースを歩いていた。同じ駅にあるJRの改札から出てきた彼女と目が合う。朝の通勤ラッシュの時間帯に、多いときは週に二回くらいは見かける人だ、背が低くて可愛らしい。今日はグレーのパンツスーツに長い黒髪を後ろで束ね、ブランド物のトートバッグを下げている。動きやすそうなTシャツにデニムのときもあった。齢は僕と同じ二十代後半か、少し上くらいだろうか。目が合うたびにふわっと微笑んでくれるのは、決して見間違いじゃないと思う。
 彼女はどんな会社に勤めているのだろう。後をつけてみようか。課長は出張中だし、始業に間に合わなければ取引先に行っていたことにすればいい。
 駅ビルを出た彼女は、急に立ち止まってはビルのウインドウにスマホを向ける。そこに映っている自分を撮っているようだ。おかしな人だ。
 会社員たちが次々と目的のビルに入っていき、歩く人が少なくなってきた。どこまで行くのだろうと思ったら、突然回れ右をしてこちらに向かってくる。きっと目を丸くしていた僕の横を素通りして、さっき通り過ぎた高層ビルに入っていく。後を追い、高層階用エレベーターの前に並んだ彼女の後ろにつく。
 壁のフロア案内板を見ると、高層階には有名な広告代理店だけが入っている。なるほど、服装は自由、今日はクライアントへのプレゼンでもあってパンツスーツなのだろう。こんなよれよれのスーツを着ている僕は相手にしてもらえないだろうか。
 今日はここまでにしてその場を離れようとすると、チンと音がしてエレベーターの扉が開いた。すると、彼女はすっと列から離れてビルの裏口のほうに歩いていく。どうしたのだろう。また後を追った。
 ビルの裏口から外に出る。裏通りの向こうには古い雑居ビルが並んでいて、彼女は道を横切り、細長い五階建てのビルに入っていった。僕も通りを渡る。ビルの袖看板には何も書いていない階が多く、きっと空室ばかりなのだろう。
 一階には正面にエレベーターと非常口のドアがあるだけだ。エレベーターの上のランプは〈1〉になっている。彼女の姿が見えない。非常口から出たのだろうか。あの広告代理店に勤めてるんじゃなかったのか。
「わたしに何か用?」
 突然後ろから声がした。驚いて振り向くと腕組をした彼女がいた。
「ずっと尾行してたよね。あんた、朝の駅でよく見かけるけど、ストーカー?」
「えっ。いや、その……」
 逃げようとすると腕をつかまれた。力が強くて振りほどけない。
「ちょうどいいわ。いらっしゃい」
 エレベーターのボタンを押して扉を開け、中に押し込まれる。
「離してください!」
 冷たい目で睨みつけられ、黙るしかなかった。
 三階で降ろされた。目の前のドアには「権田探偵事務所」とある。入った部屋は狭く、ソファテーブルには弁当の空容器やペットボトルが散乱していた。窓際の机の向こうに、髪が短くてがっしりした大男が座っている。
「所長! ストーカー見つけました!」
「なんだ、朝っぱらから。ここは警察じゃねえぞ」
「だって所長、尾行に向いてんのは目立たなくてストーカーみたいなやつなんだけどなあ、どっかにいないか、って言ってたじゃないですか」
「ああ? そりゃお前が夜の尾行中に女子高生の恰好して職質されそうになったからだろ。それに人を雇う金なんかねえぞ」
「あ、こいつならタダでやらせますよ。弱み握ってるんで」
「いいから帰ってもらえ」
「ええっ。せっかくいいの見つけたのに」頬を膨らましている。「しょうがないなあ。おいストーカー、もう帰っていいよ、ネットに書き込みとかするんじゃないよ」
 そう言ってスマホを向けた。そこにはじっとりした目で彼女を見つめている僕が写っている。ビルのウィンドウに映った僕も一緒に入るように撮影していたのだ。
「この人はストーカーですよって、会社とネットにばらまくよ。あんた、四友商事の営業一課だよね」
 彼女は僕の胸ポケットに入れていたはずの社員証を見せた。ニッと笑う顔は改札で見せる微笑みとはまったく違っていた。
(了)