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第15回W選考委員版「小説でもどうぞ」選外佳作 不調の理由 成瀬碧

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小説でもどうぞ
結果発表
第15回結果発表
課 題

勘違い

※応募数275編
選外佳作
 不調の理由 成瀬碧

「今日はどうされましたか?」
「ええ、体調が思わしくないのです」
「具体的には?」
「いくつかあるのですが、まずよく眠れないです」
「熟睡できない、ということでしょうか?」
「熟睡というか……、寝た気がしないという感じです」
「夢を見ている感覚はありますか?」
「見ているような、見ていないような……」
「内容を覚えていない?」
「覚えているような、覚えていないような……。すべてが曖昧で」
「なるほど。ほかに気になることはありますか?」
「そうですね……。集中力がまったく続かない感じがします」
「どんなときに?」
「何事にも、です。何をしても、気が散ってしまいます」
「それが始まったのは、いつ頃からですか?」
「よく思い出せないです」
「精神的に大きなストレスや圧迫を感じていることはないですか?」
「あるような、ないような」
「具体的なことは思いつかない?」
「はい、漠然とした不安だけで」
「最近、何か生活の中で大きく変わったことはなかったですか?」
「あったような気がしないでもないのですが……」
「はっきりしない、と?」
「そうです。すべてが曖昧で、しっかり考えられない感じです」
「なるほど」
「先生、私はどこかおかしいのでしょうか」
「いや…」
「何か異常があるのでは?」
「異常というより、特殊な状態、と表現しましょう」
「特殊な状態?」
「病気とは少し違うのです」
「では、一体何なんですか?」
「問題はないと思いますよ」
「でも、とても不安なんですが」
「ご心配なく、大丈夫です」
「何か検査をしてもらえないでしょうか?」
「必要ないです」
「薬は出していただけるのでしょうか? 睡眠薬をお願いしたいのですが」
「いいえ、それも必要ありません」
「検査も薬もないなんて……」
「大丈夫。問題ないですから」
「いや、でも、不安なんです」
「大丈夫です。あなたの不安は大きな勘違いから来ています」
「勘違い?」
「そうです、勘違いです」
「何を勘違いしているんですか?」
「あなたは――実は――」
「……はい?」
「生きていないのです」
「生きていない? どういうことですか」
「あなたは、死んでいるのです」
「ば、ばかな。冗談はやめてください」
「冗談ではありません」
「先生は私をからかっているのですか」
「いえ、私は真剣です」
「私が幽霊だとでも言うつもりですか?」
「単刀直入に言えば、そういうことです」
「ばかばかしい」
「あなたが感じている不調は、あなたが自らの死を自覚していないことが原因なんです」
「よくもそんな出任せを」
「事実をお話ししています」
「いい加減にして下さい」
「現実に目を向けて下さい」
「私は生きている。死んでなんかいない!」
「あなたは死んでいます」
「そんなことを、どうやって信じろと」
「証拠をお見せましょうか」
「証拠?」
「はい、きっと納得してもらえると思いますよ」
「そんなものがあるなら、ぜひともお願いしたいですね」
「わかりました」
「……」
「あなたの体が透けていて、そしてそうやって宙に浮いているのが、何よりの証拠です」
 患者はゆっくりと視線を自身の体に落とした。そこには、うっすらと向こう側が透けて見える、半透明の体があった。そして確かに、自分の足は床に触れておらず、宙に浮いている。言葉を失い、呆然自失となった患者を前に、医者は不敵な笑みを浮かべていた。
 深夜。廃病院の古びた診察室。割れた窓、倒れた薬品棚。月明かりも届かぬ薄闇の中、二つの影のようなものが浮遊している。生気のない空間に、音もなく。
(了)