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第15回W選考委員版「小説でもどうぞ」選外佳作 無言電話 濵ゆり

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小説でもどうぞ
結果発表
第15回結果発表
課 題

勘違い

※応募数275編
選外佳作
 無言電話 濵ゆり

 赤いランプが点滅し、プルルルルと高い音で電話が鳴る。眉間に皺を寄せパソコンに向かっていた佐々木は、反射的に受話器をとる。
「営業一課、佐々木さんにお電話です」
「どなたからですか?」
「それが、名乗られませんでした」
「そうですか。繋いでください」
 受付の女性から、相手が切り替わる。佐々木は、切り替わる二、三秒の間に一呼吸つく。
「もしもし。お電話代わりました。営業一課、佐々木です」
「…………」
「もしもし」
 まただ。今週に入ってこれで五度目。佐々木が電話をとると、相手は無言。電話口に、人がいるような気配はある気がする。
 佐々木は何も言わず、受話器を置いた。目の前の席に座る後輩の鎌田が、ひょっこりとパソコンから顔を出して聞く。
「また、無言電話ですか?」
「そうなんだよ。まいっちゃうよな」
「佐々木さん、女性の恨みでも買ったんじゃないですか」
「そんなこと、あるわけないだろう」
「そうですか? 佐々木さん営業一課のエースだからなぁ」
 鎌田は、面白そうに佐々木をからかう。佐々木は、やれやれという顔を作る。
 しかし、実は心当たりがある。一週間前に別れた美樹だ。
 美樹とは、半年前の同窓会で再会した。高校の頃、佐々木は美樹にほのかな恋心を抱いていた。燃えきらなかった恋心が、十五年もの間燻り続け、再び燃え上がってしまったのだった。
 二人の関係は三ヶ月続いたが、一週間前、佐々木から別れを告げた。
 この無言電話の相手が美樹だとして、仕事先に電話をかけてくるのは違うだろうと、ひと言言いたかった。しかし、別れてすぐに連絡先を消してしまっていた。
 やっぱり、別れ方が悪かったのだろうか。佐々木は、わずかな間自省し、パソコン作業を再開した。

「ただいま。」
「お帰りなさい。早かったのね。今、ご飯用意するから」
 真奈美がキッチンで、忙しなく動く。部屋には、醤油の甘辛い香りが漂っている。炊飯器から、きらきら星の電子音が鳴る。ちょうどご飯が炊けたようだ。
 ご飯に味噌汁、サラダに煮魚。テーブルに出来立ての湯気が立った夕食が並べられ、佐々木は席に着く。
「はぁ、疲れた」
「いつもお疲れ様。何か、いつもより疲れてそうだね。どうかしたの?」
 妻の真奈美は、佐々木の顔色に敏感だ。何かあると、すぐに気づき、気遣ってくれる。そういうところに佐々木は癒され、惚れて、結婚したのだった。
「うーん。今週、無言電話が多くてさ。気味悪くて」
「えー。そうなんだ。誰からかかってきてるか、分からないの?」
「非通知だから、分からないんだ」
「そっかあ。ちょっと怖いね。最近何かと物騒だから」
「まあ、そのうちかかってこなくなるかな。ああ、腹減った。いただきます」
 佐々木は夕飯に箸をつけながら、美樹とのことを思い返していた。

「俺たち、終わりにしよう」
「終わりって、別れるってこと?」
 佐々木の突然の言葉に、美樹は目を見開いた。
「別れたい」
「どうして?」
「妻への罪悪感に押し潰されそうなんだ」
「今更? あなたの帰りを待って、いつも出来立てのご飯を用意してくれる、優しい奥さんへの罪悪感?」
 元からつり目の美樹の目が、さらにつり上がる。美樹は、フッと嗤う。 
「本当にごめん。でも、妻の笑顔に耐えられそうにないんだ。自分勝手って分かってる。ごめん」
「そんなに謝られちゃ、私が別れたくないみたいじゃない。良いわよ、別に。別れましょう」
 昔から、美樹はプライドが高い。スムーズに別れたと思っていたが、佐々木から別れを告げられ、プライドに傷が付き、恨みを持ったのかもしれない。
 自分から燃え上がっておいて、成就したらあっさりと別れを告げる。最低だ。
 それでも、妻の笑顔や優しさには代えられない。佐々木は、妻を失いたくなかった。
 美樹と関係を持ったのは、たったの三ヶ月だ。三ヶ月なんて付き合ったうちに入らない。早めに決着をつけたのだから、大丈夫。佐々木は、そんな身勝手な言い訳を、自分に言い聞かせていた。

「もしもし。お電話代わりました。営業一課、佐々木です」
「……」
 また来た。
 佐々木は、ぐるっと周りを見渡す。金曜日の午後、営業一課は佐々木以外、出払っていた。
 周りには誰もいないのに受話器に手を添え、小声で話しかける。
「なぁ、美樹だろ。分かってるんだ。自分から盛り上がっておいて、簡単に別れるなんて最低だと思ってる。でも、お互いに傷が浅いうちに別れたほうが良いって。それに、会社に電話してくるのは違うだろう? なぁ、美樹」
「……」
 電話の相手は、相変わらず無言だ。
 すると、次の瞬間、一つの音楽が沈黙を破った。
 きらきらひかる おそらのほしよ。
 佐々木はハッとする。その瞬間に、電話は切れた。
 聞き覚えのある電子音。
 電話の相手は、まさか。
 佐々木は、頭を抱えてデスクに突っ伏した。昨日の湯気の立った夕飯が、頭から離れなかった。
(了)