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第15回W選考委員版「小説でもどうぞ」選外佳作 殺意の演技練習 毛利純一郎

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小説でもどうぞ
結果発表
第15回結果発表
課 題

勘違い

※応募数275編
選外佳作
 殺意の演技練習 毛利純一郎

 本多美咲は売れない二流の女優だった。二十代の頃は人気ファッション誌のモデルとして抜群のスタイルで人気を博したが、女優に転身してからは主役に抜擢されることはなく、常に脇役ばかりだった。
 ある監督からは「女優らしい華がない」と指摘された。女優としての殻を破れず、美咲は悩んでいた。
 あるドラマで共演した若手俳優に恋をした。しかし、それははかない恋だった。ベッドでの行為が終わった後、その俳優は嘲笑あざわらった。
「本気にしてたのか?」
 美咲はむなしい気持ちで天井を見上げた。
「今日で終わりにしような」
 売れない女優と付き合っても男にメリットはない。美咲は性欲のはけ口に過ぎなかった。
 男に振られ、女優としても売れる見込みはない。美咲は自殺しようかと思い悩んだ。そんなとき、弁護士の本多直人と出会った。直人は美咲より二歳年下だったが、弁護士として活躍していた。
 美咲は直人と半年間交際し、結婚した。女優として花を咲かせることはできなかったが、平凡でいいから幸せな結婚生活を夢見た。
 しかし、現実は違った。直人の母親恵子が同居した。
 恵子は「本多家は由緒正しい家柄なんです」が口癖で、江戸時代は旗本の家柄だったという。売れなかった女優が嫁ぐような家柄ではないと侮蔑した。
 長女の篤美が生まれてから、美咲は生きがいを得たと思った。しかし恵子は「篤美は本多家の血筋を引く人間だから私が教育する」と宣言し、美咲に相談なく勝手に外に連れて行ったり、習い事をさせた。篤美の養育は恵子の役割で、掃除、洗濯、食事は美咲の役割になった。まるで美咲は家政婦だった。
 そんなとき、親友の知花麻紀から女優復帰を誘われた。麻紀はモデル時代からの付き合いだ。直人は優しく賛成してくれ、恵子も承諾した。
 美咲は端役だが女優に復帰した。しかし、監督に「演技が下手になった」と叱られた。
 麻紀と喫茶店で会ったとき、美咲は嘆いた。「二年間のブランクがあるからね」と麻紀は慰めた。
「ねえ、こうしたら。ご主人のお母さんを練習相手にするのよ」と麻紀が提案した。
「嫁と姑のドラマってよくあるじゃない。お母さんにわざと冷たくするの。お母さんが怒ったら、美咲の演技が上達したってことよ」
 美咲は恵子を練習相手にすることにした。
「お母さん、この服、篤美には似合いませんわ」と吐き捨てるような冷たい口調で言い、服を放り投げるように床に置いた。
「本当にダサイ服。お母さん、センスないですね」と言うと、恵子は眉をひそめた。
「お母さん、私たちの部屋に勝手に入らないでください」と寝室の掃除をしている恵子にとげのある声で言った。
「勝手にモノを移動させないでください」と美咲は恵子をにらんだ。
「このスープ辛いわ! お母さん、篤美は辛いものが駄目なんですよ」
 美咲はスープをシンクに捨てた。
「篤美、可哀そうに。こんな料理を食べて」と恵子を刺すような目で見た。
 数週間後、麻紀が言った。
「美咲の演技が昔みたいに戻ったって、監督さんが褒めてたわよ」
 美咲は満足そうに微笑んだ。
 ある日、美咲は恵子に微笑んで言った。
「お母さん、いつもすみません。おいしいケーキ買ってきたんです。一緒に食べましょう」
「じゃあ、コーヒー淹れましょう」と恵子がテーブルにコーヒーを置いた。
「私、監督さんに演技を褒められましたわ。これもお母さんのおかげです。でも、このコーヒー、ちょっと苦いですね……」
「美咲さん、大丈夫?」と言って、恵子が憎しみのこもった目で見つめる。
「お母さん、うっ……苦しい……」
 美咲は苦悶の表情になり、スマホを取り出したが、その場で倒れた。
 その頃、麻紀は自宅マンションでウイスキーを飲んでいた。
 麻紀のスマホが鳴った。美咲からだった。しかし、すぐに着信音は消えた。
 麻紀はほくそ笑んだ。実は美咲と直人が知り合う前、麻紀は直人と交際していた。恵子は麻紀の身辺調査をして、麻紀の弟が元暴力団員と分かったため、麻紀との交際に反対した。当時、麻紀は直人の子どもを妊娠していたが、ショックで流産した。
「直人さんは私と結婚するはずだったの。でも、あの母親が私との結婚に反対した。あなたが直人さんと結婚するなんて……」
 麻紀はウイスキーグラスを傾けた。
「演技うまかったのね。お母さんの殺意が芽生えたから」
(了)